ベン・ザイトリン監督の長編デビュー作『ハッシュパピー バスタブ島の少女』は、ほとんど無名の新人の作品でありながら、アカデミー賞で監督賞や作品賞を含む主要4部門でノミネートされた注目作だ。
地球温暖化などによって自然界の秩序が崩壊に向かうとき、有史以前の獰猛な野獣たちが氷河の墓場から目覚め、大地を横切ってすべてを踏み潰しにやってくる。6歳の少女ハッシュパピーの目を通して見た世界は、言葉にすればありふれたファンタジーだが、映画はそこにみなぎる尋常ではない荒々しさや生々しさによってそんなレッテルをあっさりと剥ぎ取ってしまう。
1982年生まれの新鋭ベン・ザイトリンが作り上げたこの世界では、少女の想像力と現実の危機的な状況が見事に融合している。映画が撮影された南ルイジアナは、アメリカのなかでも低地が多い地域で、地球温暖化による海面上昇、地盤沈下の影響をもろに受ける。そんな土地を舞台に、隣接する油田地帯の原油流出事故やハリケーン・カトリーナの悲劇、格差による貧困の問題などを踏まえ、終末的な世界が切り拓かれる。
少女と住人はそんな危機に際してただ生き残ろうとするのではない。先人たちがそうしてきたように、死や喪失を受け入れ、自然とともに生き、土地を守ろうとする。この物語が持つ神話性のなかで最も重要なのは、野獣が目覚めることではなく、海上他界信仰を通してイニシエーション(通過儀礼)が描き出されることだ。
少女は、唯一の家族である父親が重い病で死にかけていると知ったとき、不在の母親がいると信じる場所に向かって泳ぎだす。そして、海の彼方の他界における象徴的な死者との交感を通して強靭な生命力を獲得する。そんな表現の背景にあるのは、海上他界信仰とみて間違いないだろう。
さらにザイトリン自身がダン・ローマーとともに手がけた音楽(『ハッシュパピー バスタブ島の少女:オリジナル・サウンドトラック』)も、物語と深く結びついている。彼は影響を受けた音楽家のひとりにマイケル・ナイマンを挙げているが、確かにこの映画の音楽には、ナイマンの音楽が内包するレクイエムの要素が引き継がれている。
映画という枠組みを揺さぶるほど荒々しく、しかも深い。とんでもない才人である。 |