「ブッシュは、現地での記念写真撮影のときに映りがいいように五〇名の消防士を連れて、六時間でメキシコ湾岸地域数ヵ所を訪問して回った。アラバマ州モービルにあるモービル地方空港、「ブラウン君、おまえは本当によくやってくれた」と、破廉恥にも、そしてまた不可解にもFEMA長官を褒め讃えていた」
その発言が、Hearne自身の歌でこのように表現される。
当時のFEMA(連邦緊急時管理庁)の惨憺たるありさまを思い出せないと、このエキセントリックな怒りの表現は理解できないだろう。前掲書からいろいろ引用してみたい。
「アメリカ海軍の戦艦バターン号(全長二七五メートル[八八四フィート]もあり、上陸作戦のときに海兵隊を運搬し後方支援するための軍艦)は、嵐がやって来る以前からメキシコ湾に配備されていて、カトリーナ災害にあたって総出動命令が下るのをほかのどの部隊よりも先に待っていたあるが、結局そうするための許可すら下りることはなかった。バターン号には、ヘリコプター、病床、食料、飲料水、さらには医師まで装備されていて、一〇万ガロン(三八万リットル)の真水を生産することができた。バターン号は嵐でもそのなかを突っ切って沿岸に船寄せし、緊急事態の際の活動を支援する体勢が整っていた。実際、ニューオーリンズで身動きがとれなくなっている住民を救出したヘリコプターの第一号機は、同戦艦に所属のものだったのだ。しかしバターン号にその強力な装備を活用するようにとの要請が届くことなどなかったし、六〇〇床もあったベッドが使われることなどなかったのだ。一二〇〇名いた水兵のたったひとりたりとも、陸に上がって救援活動を支援するように求められることはなかったのである」
「すぐ傍らのリソースを利用できず、支援の申し入れを怠ってしまったFEMAの失敗は、バターン号の件だけではない。フロリダ州クレストヴュー空港の税関局に配備されていたブラックホーク・ヘリコプターのクルーは、救助活動に全力支援の要請が来ないことに怒っていた」
「FEMAの非効率的な救助活動は空域だけではなく海域にも及んでいた。フロリダ州の五〇〇名にのぼるエアボート操縦士たちが被災者を救出し、救助部隊や生活必需品をニューオーリンズに搬入したいと申し出てきたのだが、市内に入ることができなかった」
「驚いたことに、FEMAは、大災害の情況に対処するにあたってもっとも適した団体、赤十字からの提言があっても持論を少しも変えようとしなかったのだ。(中略)FEMAやDHSが赤十字をはじめとする諸団体のニューオーリンズ入りをブロックしていた理由は、彼らの言い分だと、市内の治安があまりにも危険な状態にあるということと、住民に街のなかにそのまま居ても安全なのだという間違った認識を与えることになるということだった。しかしそうならばこうも言えるだろう。救援機関に市内へ入る許可が下ってさえいれば、身動きできなくなった人びとの救援救助活動を促進し、安全に退避ができるまでの当面の間の必要物を配給することができたであろう。実際、赤十字は、食料と飲料水をもって行くために、治安が崩壊しているとされていたコンヴェンション・センターに行くことも厭わなかったのだ」
それから、大統領に負けないくらいひどい発言をしてしまったのがバーバラ・ブッシュだ。Hearneは、彼女の言葉をまったく違うスタイルで表現している。
「元ファースト・レディのバーバラ・ブッシュは、夫で元大統領のジョージ・H・W・ブッシュ、ビル・クリントン前大統領、ヒラリー・クリントン上院議員、バラク・オバマ上院議員とともに、ヒューストンにある避難所の慰問ツアーを行った。そのなかには、数千人にのぼる退去者が収容されているアストロドームも含まれていた。そこでブッシュ夫人は誰も予期せぬ率直さで本音を吐露してしまった。彼女の考えだと貧しい黒人の退去者はそれ以前住んでいたところよりも間違いなくよい場所に移ったのであり、その事実を知ってうれしいのと同時に恐ろしくなったのだそうだ。アメリカ公共放送の番組『マーケットプレイス』のインタビューで、そんなブッシュ夫人は退去者についてこう述べた。「話しかけた人たちみんなが口々にこう言ったんです。「ヒューストンに引っ越してくるつもりだ」って。それでどっちがわたしにとって恐ろしいかというと、彼らみんながテキサス州に来たいと思っていることです。ここで厚遇されてみんなが感激していましたよ。アリーナに収容されている人びとは、ほら、どっちにせよ貧しい人たちでしょう、するとこうなっちゃった(ここで彼女はくすくす笑った)、こういう事態は彼らにとってはよかったことでしょう」。このような言われ方をされれば、ブッシュ家とは、たしかに上流階級ではあっても、手に負えないほど無知な人間の集まりだというイメージは強まるばかりだった」
導入部の厳粛な空気と大統領やバーバラの曲を同じひとつの物語として受け入れるのは確かに難しいかもしれない。この作品は、怒りと哀しみ、批判的な視点と喪の作業や癒しの表現など、どの部分にどのように反応するかによって、その印象が大きくかわってくる。 |