アイガー・サンクション
The Eiger Sanction  The Eiger Sanction
(1975) on IMDb


1975年/アメリカ/カラー/128分/スコープサイズ
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(初出:『フィルムメーカーズ13 クリント・イーストウッド』)

 

 

圧倒的な自然を背景に
欲望に踊らされ、芝居を演じる者たち

 

 クリント・イーストウッド監督の『アイガー・サンクション』はトレヴェニアンの同名小説の映画化である。この原作と映画を比べてみて筆者が興味をそそられるのは、物語の流れに対するアプローチだ。原作と映画ではその流れに大きな違いがある。

 この物語は、その舞台が変わることによって大きく三つに分けることができる。第一部は、主人公ジョナサンが残る標的の制裁を引き受けるまで。第二部は、アリゾナにおける登山仲間ベンとのトレーニング。最後はもちろん、アイガーにおける制裁の顛末である。

 原作では、物語にジョナサンの回想を巧みに織り込むことによって、彼の複雑な人物像や人間関係を明らかにし、この三つの部分を繋ぐ底流が作り上げられている。しかし映画となると、スリラーやアクションの要素を生かしつつ、複雑な人物像や人間関係を掘り下げていくのは難しい。

 実際、この映画では、ジョナサンにしても他の登場人物にしても、その人物像はほとんど掘り下げられていない。というよりも、その部分に関しては最初から切り捨てられている。それだけに人物を通して三つの部分を繋ぐような底流が見えてくることはない。しかし、別のいくつかの要素を強調し、絡ませることによって、それを補っている。

■■登ることと殺しの結びつき■■

 ひとつは登ることと殺しの結びつきだ。第一部でジョナサンは最初の標的を制裁するが、原作と映画では殺し方が異なる。原作では、配達員を装うジョナサンが、いともたやすく標的の事務所に招き入れられ、荷物を置く場所を探すふりをしながら、標的を一発でしとめる。

 映画のジョナサンは同じ手を使おうとするものの、つっけんどんに追い払われる。そこで、建物の裏にまわり、外壁をはうパイプをよじ登っていく。事務所の窓から侵入した彼は、銃でボディガードを倒すが、標的に銃を叩き落とされる。彼らは取っ組み合いを始め、ジョナサンに殴り飛ばされた標的は、勢いあまって窓を突き破り、転落死する。しかもその後で、地上から見上げるカメラが、窓から顔を出したジョナサンをとらえ、その高さが強調される。

 映画のジョナサンの手際は、一流の殺し屋らしくない。しかし、登ることと殺しが結びついたそのイメージは、アリゾナでのトレーニング、そしてアイガーでの制裁のスケールを表現するためのひとつの基準となる。

 第二部で、ジョナサンはひたすら登りつづける。この部分には制裁という意味での殺しはないが、ジョナサンがマイルズに復讐することが、間接的に登ることと殺しを結びつける。なぜなら、断崖を登るトレーニングも荒野に置き去りにされるマイルズの姿も、空撮によって巨大で過酷な自然と米粒のような人間が対置され、イメージとして双方が結びつくからだ。

 そして舞台がアイガーに移ったとき、登ることと殺しの結びつきはさらにスケール・アップする。ということは、この映画では、ジョナサンがアイガーの制裁を引き受ける以前から、すでにそのイメージが観客に植え付けられていたことになる。

■■山と女の結びつき■■

次に山と女の結びつきだ。原作には、そんな表現が随所に散りばめられている。たとえば、チェリーという処女の娘がジョナサンにまとわりつき、彼女の存在が処女峰としてのアイガー北壁と対比的に描かれる。こうした結びつきは小説の細部にまで反映されている。アリゾナでのトレーニングの件には、こんな描写がある「彼はいつでもハーケンとエキスパンション・ボルトのあいだに微妙な、しかし重大な一線を引いていた。ハーケンを使っての岩壁登攀には誘惑的な要素があったが、ドリルとボルトを使うことには強姦の感じがまつわりついているからだった


◆スタッフ◆
 
監督   クリント・イーストウッド
Clint Eastwood
原作 トラヴェニアン
Trevanian
脚本 ハル・ドレスナー、ウォーレン・B・マーフィ、ロッド・ホイッテカー
Hal Dresner, Warren B. Murphy, Rod Whitaker
撮影 フランク・スタンリー
Frank Stanley
編集 フェリス・ウェブスター
Ferris Webster
音楽 ジョン・ウィリアムズ
John Williams
 
◆キャスト◆
 
ジョナサン・ヘムロック   クリント・イーストウッド
Clint Eastwood
ベン・ボウマン ジョージ・ケネディ
George Kennedy
ジェマイマ・ブラウン ヴォネッタ・マギー
Vonetta McGee
マイルズ ジャック・キャシディ
Jack Cassidy
モンテーニュ夫人 ハイディ・ブリュール
Heidi Bruhl
ドラゴン セイヤー・デヴィッド
Thayer David
フレイタグ ライナー・ショーン
Reiner Schone
モンテイン ジャン=ピエール・ベルナール
Jean-Pierre Bernard
ジョージ ブレンダ・ヴィーナス
Brenda Venus
ポープ グレゴリー・ウォルコット
Gregory Walcott
ミス・サーベラス エレイン・ショア
Elaine Shore
-
(配給:ユニバーサル・ピクチャーズ)
 
 
 

 映画でもこの結びつきは、些細なエピソードや台詞にまで反映されている。ジョナサンが大学で講義をする場面では、前列に座る女子学生が、自分のテキストに「山が大好きな先生に、早くわたしにも登ってほしい」という落書きをして、隣に座る女友人に見せる。ジョナサンがジェマイマと寝る場面では、その直前に彼女が登山用具に目をとめ、わずかだが登山の話をする。

 第二部では、ベンの登山スクールが、若い娘たちが集まるリゾート施設に変貌している。そこでベンが、「いまどきは登山よりも(ガール・)ハンティングなんだ」と説明すると、ジョナサンは「登山もハントだろう」と答える。この台詞はなかなか意味深である。彼が山に登るのは標的をハントするためでもあるからだ。さらにジョージとのトレーニングでは、崖のうえに立つ彼女が豊満な胸をさらし、ジョナサンは登る意欲を刺激される。

 そして第三部では、登山家チームが新しいルートについて議論している最中に、フランス人登山家の妻が、足でジョナサンにモーションをかけてくる。フランス人登山家は、そんな妻に自分がまだ男であることを示すために、アイガーに挑もうとしている。また、彼らの登攀を見物する観光客がベンに向かって、「登山への欲望は、男性の誇示か、劣等感の代償行為なのか」と尋ねる場面もある。

 しかもこの映画は、女の裏切りを通して三つの部分に繋がりを持たせている。ジョナサンは、第一部ではジェマイマに裏切られたために、再度ドラゴンと交渉することを余儀なくされ、第二部ではジョージに裏切られ、マイルズの罠にはまりかける。さらに第三部では、結局フランス人登山家の妻が、ドイツ人登山家と関係したことから、アイガーに挑むチームの足並みが乱れ、ジョナサンもとばっちりをくう。という意味では、ここでも彼は女に裏切られているといえる。

 このように山と女の結びつきも流れを作り、アイガー登攀に反映されることになる。ちなみに原作の主人公は、もっと多くの女と関係を持つが、必ずしも彼女たちが彼を裏切るわけではない。

■■制裁指令の真相をめぐって■■

 そしてとどめは、アイガーにおける制裁指令の真相である。この真相の扱いは、原作と映画ではまったく違う。原作ではジョナサンは、奪われた情報が実は偽物で、それを本物に見せかける必要から制裁を行うことを承知のうえでアイガーに挑む。しかし映画の彼はそれをまったく知らない。

 その真相は、チームが登攀を開始したあとで、ドラゴンの部下ポープがジェマイマに暴露することで明らかになる。この暴露の場面は印象的である。彼らは背後にそびえるアイガーをはさむように向き合い、カメラは彼らとアイガーをいくぶん見上げるようにとらえる。そんな構図で真相が明らかになったとき、物語の発端にさかのぼってもうひとつの流れが生まれ、アイガーは無意味な芝居の舞台となる。

 というようにこの映画では、人物を掘り下げるのではなく、視覚的で象徴的なイメージの流れが三つの部分を繋ぎ、アイガー登攀に収斂する。そんなドラマの結末には、原作とは異なる余韻が漂う。

 原作ではジョナサンは、彼の周りで起こったことをすべて掌握しているが、映画ではすべてを知る者は存在しない(もしジェマイマが彼に真相を明かせば、命の恩人アンリをスケープゴートにしたドラゴンを彼が許せるはずはないだろう)。この映画は、アイガー北壁という自然の脅威や死と裏腹にある登攀を圧倒的なリアリティで描きだしながら、同時に誰もが欲望に踊らされ、ある種の芝居を演じていることも浮き彫りにする。そんな空虚さが独特の余韻をかもしだしているのだ。

《参照/引用文献》
『アイガー・サンクション』 トレヴェニアン●
上田克之訳(河出書房新社、1985年)

(upload:2012/12/24)
 
 
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