他者や世界を受け入れるための儀式
――『サイボーグでも大丈夫』と『クワイエットルームにようこそ』をめぐって


サイボーグでも大丈夫/I’m a Cyborg, but That’s OK――――― 2006年/韓国/カラー/107分/ヴィスタ/ドルビーSRD
クワイエットルームにようこそ/Welcome to the Quiet Room――― 2007年/日本/カラー/118分/ヴィスタ/ドルビーSRD
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(初出:「Cut」2007年10月号)

 

 

 パク・チャヌク監督の『サイボーグでも大丈夫』は、これまでの彼の監督作とはまったく違った作品に見えるかもしれない。主人公は、自分がサイボーグだと信じ込んでいる少女ヨングンで、ファンタジックなラブストーリーになっている。しかし、この新作とこれまでの監督作には明確な共通点がある。パク・チャヌクの作品では、登場人物が置かれた立場によって、世界がどれほど違ったものになるのかが浮き彫りにされていく。

 『JSA』では、共同警備区域で起こった射殺事件の真相が、北と南でまったく異なるストーリーのなかに取り込まれていく。『復讐者に憐れみを』では、姉を亡くし、臓器密売組織に復讐しようとする弟が、愛娘に命を奪われた父親に復讐される立場にもある。『オールド・ボーイ』では、15年間監禁された男の前にある現実が、秘密を知る前と後ではまったく違ったものになる。『親切なクムジャさん』では、主人公が誘拐殺人事件の加害者と被害者双方の立場に立ち、極端な二面性を持ち、天使にも悪魔にもなる。

 さらに、オムニバスの『もし、あなたなら〜6つの視線』にも注目しておくべきだろう。この作品に収められたパク・チャヌクの「N.E.P.A.L. 平和と愛は終わらない」では、あるネパール人の女性出稼ぎ労働者が韓国で実際に体験した悲劇が再現される。韓国人と見分けがつかない顔立ちで、つたない韓国語を話す彼女は、ささいな出来事から精神障害者と誤解され、その後6年以上もの間、精神病院などをたらい回しにされていた。彼女の言葉がわかる人間が現れるまで、放って置かれたのだ。この映画では、その実話が、主に彼女の視点から描かれる。

 そして、『サイボーグでも大丈夫』にも、そんなパク・チャヌクの関心が反映されている。物語は、主人公の少女ヨングンが、職場のラジオ製造工場で自殺をはかり、新世界精神クリニックに収容されるところから始まる。母親が家族よりも商売を優先し、祖母に育てられてきたヨングンは、その祖母が認知症で療養所に送られてから、精神に変調をきたすようになった。彼女が自分をサイボーグだと思うようになるのは、工場の非人間的な作業ラインとも無縁ではないだろう。しかし、この映画では、原因は必ずしも重要ではない。ポイントになるのは、母親の言いつけによって、彼女がサイボーグであることを隠さなければならないことだ。

 ヨングンが収容されたクリニックには、悪いことは全部自分のせいだと思って謝る男や生まれつき腰にゴム紐がついていると信じている男、勝手に話を作ってしまう作話症の女など、様々な患者がいる。

 ヨングンは、愛用のラジオの指示に従って行動し、自販機や蛍光灯と会話し、ご飯のかわりに電池をなめて充電しようとする。ご飯を食べれば機械が故障すると思っているからだ。当然、彼女は衰弱していく。しかし、正常と異常の間に明確な一線を引き、正常の側から彼女を治療しようとする医師には、彼女にご飯を食べさせることはできない。

 ヨングンと医者の認識には、最初から隔たりがある。彼女は自殺をはかったからそこにいるわけだが、サイボーグの立場に立てば、彼女は死のうとしたのではなく、充電しようとしたことになる。医者は、薬物療法や電気療法、安静室における強制摂取などを試みるが、彼女は、電気療法には拒絶反応を示さない。人間であれば苦痛であるはずだが、彼女には充電という認識があるからだ。


 

―サイボーグでも大丈夫―

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(2006) on IMDb


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   パク・チャヌク
Park Chan-wook
脚本 チョン・ソギョン
Chung Seo-kyung
撮影 チョン・ジョンフン
Chung Chung-hoon
編集 キム・サンボム、キム・ジェボム
Kim Sang-bum, Kim Jae-bum
音響 チョ・ヨンウク
Cho Young-uk

◆キャスト◆

パク・イルスン   チョン・ジフン
Jung Ji-hoon
チャ・ヨングン イム・スジョン
Lim Soo-jung
チェ・スルギ先生 チェ・ヒジン
Choi Hee-jin
ヨングンの母 イ・ヨンニョ
Lee Yong-nyeo
ヨングンのおばあさん ソン・ヨンスン
Sohn Young-soon
ソン・ウニョン
(ヨーデルを歌う女)
チュ・ヒ
Joo Hee
オ・ソルミ
(作話症の女)
イ・ヨンミ
Lee Young-mi
ファン・ギュソク (ゴム紐を巻いた男) チョン・ソンフン
Chun Sung-hoon
イ・デピョン
(怒りっぽい男)
キム・チュンギ
Kim Choon-gi
(配給:東京テアトル)
 
 

―クワイエットルームにようこそ―

 Quiet room ni yokoso
(2007) on IMDb


◆スタッフ◆
 
監督/原作/脚本   松尾スズキ
撮影 岡林昭宏
編集 上野聡一
音楽 門司肇、森敬

◆キャスト◆

佐倉明日香   内田有紀
鉄雄 宮藤官九郎
ミキ 蒼井優
江口 りょう
コモノ 妻夫木聡
西野 大竹しのぶ
(配給:アスミック・エース)
 
 
 

 一方、そんな医師とは対照的なのが、人のものなら何でも盗める能力を持つ患者のイルスンだ。ヨングンから同情心を盗んでほしいと頼まれた彼は、彼女を観察し、彼女の現実を理解していく。そして、サイボーグとしての性能を向上させることで問題を解決する。その結果、ヨングンは、自己と他者を受け入れ、関係を構築することができるようになるのだ。

 そして、この映画と対比してみると興味深いのが、松尾スズキ監督の『クワイエットルームにようこそ』だ。フリーラーターの佐倉明日香はある日、女子閉鎖病棟のクワイエットルーム(ヨングンが入れられた安静室だ)で、ベッドに拘束された状態で目覚める。睡眠薬などの過剰摂取で昏睡状態に陥り、そこに運び込まれたのだ。

 明日香は、締切や父親の死、別れた夫の自殺などで精神的に追い詰められていた。彼女の記憶にある限り死のうとしたつもりはまったくないが、病院側は自殺とみなしている。その閉鎖病棟には、食べたくても食べられないミキや元AV女優で過食症の西野、自分の髪の毛を燃やしたチリチリなど、様々な患者がいる。そして、病院を舞台に、そこに至る過去が次第に明らかにされていく。

 この映画は、『サイボーグでも大丈夫』と似た設定から始まるが、まったく違った展開をみせる。ヨングンの現実が終始ブレることがないのに対して、明日香の現実は激しく揺らいでいく。彼女は最初、自分が間違ってそこにいるのだと思っている。それでも、次第に新しい環境に馴染み、個性的な患者たちを理解していく。規則で患者をがんじがらめにする病院側に逆襲し、人気者にもなる。

 しかし、患者たちのなかで最も信頼していたミキの秘密を知り、さらに病院に運び込まれるまでに本当に何があったのかを知ることによって、病院の内部と外部の現実がともに崩壊していく。

 その時、彼女は、自分が正しい場所にいることに気づく。そしてそこから、彼女の人生をめぐって、病院が境界線とはならないもうひとつの図式が浮かび上がってくる。それは、面白おかしい人生と現実的で退屈な人生からなる図式だ。やりたいことも、書きたいこともない彼女は、退屈な人生を拒み、無理をしても面白おかしい人生を歩もうとしてきた。しかし、この映画に象徴的に引用される『オズの魔法使』のドロシーと同じように、いつか魔法の国を去らなければならない時がやってくる。この映画が描いているのは、通過儀礼なき時代の通過儀礼といってもよいだろう。


(upload:2009/07/11)
 
 
《関連リンク》
『もし、あなたなら〜6つの視線』 レビュー ■
『オールド・ボーイ』 レビュー ■
『親切なクムジャさん』 レビュー ■
『渇き』 レビュー ■
『イノセント・ガーデン』 レビュー ■

 
 
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