ヒス・ゴールデン・メッセンジャーのファースト・アルバム『カントリー・ハイ・イースト・コットン/Country Hai East Cotton』(09)は、それまでサンフランシスコでオルタナ・カントリー/アンビエント・アメリカーナのバンド、ザ・コート&スパークを率いてきたM・C・テイラーとスコット・ハーシュの共作というかたちをとっていました。
それにつづくこの『バッド・デット/Bad Debt』(10、14)では、ヒス・ゴールデン・メッセンジャー=M・C・テイラーです。テイラーはこれらの曲を、子供が誕生してしばらくした2009年の真冬に、ノースカロライナの自宅のキッチンで、テーブルの上にカセット・レコーダーを置き、ギターの弾き語りでレコーディングしました。ところが、プレスされたCDとLPは、それを保管していた倉庫が火災に遭ったために失われるという悲劇に見舞われました。そしてアルバムは、2014年に再びリリースされることになりました。
テイラーのキャリアにおけるこのアルバムの位置づけは、個人的には、ブルース・スプリングスティーンの『ネブラスカ』に通じるものがあると思います。このアルバムもその土台になった曲は、彼の自宅で、ギターの弾き語りで録音されました。
しかし、筆者が共通点を感じるのは、そうした音楽的なスタイルだけではなく、信仰に関わるスピリチュアルな感覚です。「黙殺された闇の声――『ネブラスカ』が語るもの」で書いたように、スプリングスティーンは南部の作家フラナリー・オコナーの影響を受けていました。
そのオコナーは、「作家と表現」と題された小論文のなかで、「われわれ作家の進む方向は、伝統的小説よりも詩のほうになるに違いない」とした後で、次のように書いています。「このような作家にとっての問題は、 対象を破壊せずにどこまでデフォルメできるか、その限度を知ることだろう。破壊せずにすますためには、彼は、作品の生命の源泉に達するまで自分のなかに深く降りていかなければなるまい。この内面への下降は、同時に作家の属する土地への下降でもある。馴れ親しんだものが形成する闇の層を突き抜けて、 福音書に出てくる開眼した盲人のように、人間が歩く木に見えてくる所まで降りていくのである。これが預言者的視覚のはじまりなのだ」
テイラーは、オコナーに影響を受けているわけではありませんが、このアルバムには間違いなくそんな「内面への下降」と「土地への下降」があります。サンフランシスコで活動していた彼が、ノースカロライナに転居したのは、音楽ビジネスに嫌気がさしたこともありますが、決してそれだけではなく、南部の土地と音楽に強く惹かれていたからです。彼はノースカロライナで音楽民族学(ethnomusicology)の研究もしています。このアルバムでは、内面と南部の土地への下降を通して、信仰とスピリチュアリティが深く掘り下げられています(※テイラーは南部に移って信仰に目覚めたわけではありません。ザ・コート&スパークの時代から歌詞には信仰が色濃く表れていました)。
|