Uターン
U Turn  U Turn
(1997) on IMDb


1997年/アメリカ/カラー/125分/ヴィスタ/ドルビーデジタルSDDS
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(初出:『Uターン』劇場用パンフレット、若干の加筆)

 

 

キャストの過剰な存在感と閉鎖的な町の異様な空気
土地や風土に潜む得体の知れない邪悪な力の呪縛

 

 映画『Uターン』は、それぞれにしっかりとした個性を持つ新旧の俳優たちが思いもよらない演技を見せるという意味で、キャスティングが実に意外性に満ちている。しかし監督のオリヴァー・ストーンが意図しているのは決して単純な意外性ではなく、これは彼の映像スタイルの発展と深く結びついている。

 『ナチュラル・ボーン・キラーズ』以降のストーン作品といえば、まず何よりもドラマの流れに揺さぶりをかけるような多様なイメージの挿入と変幻自在なカメラワークが際立つ。しかしもう一方で彼は、どんなドラマに対してこの映像スタイルを使うことが効果的であるのかということにも自覚的になってきている。

 たとえば『ナチュラル・ボーン・キラーズ』には、主人公となるカップルの出会いから逃避行に至るまでの悲惨なドラマが、「アイ・ラヴ・ルーシー」のような50年代のシットコム(シチュエーション・コメディ)をベースに描かれ、一般に浸透したアメリカン・ファミリーのイメージの向こう側にあるダークな現実を強調するという場面が盛り込まれていた。

 この場面はあくまで単発的なアイデアにとどまっていたが、続く『ニクソン』ではそれが大きく膨らみ、ストーン独自の映像スタイルと結びついている。ニクソンに扮するアンソニー・ホプキンスは、人々の記憶にあるパブリックなニクソンを熱演するが、映像はそんなニクソンに揺さ振りをかけ、その内面的な世界に深く分け入り、もうひとつのアメリカのイメージを切り開いていくことになるからだ。

 そしてこの『Uターン』では、このようなスタイルのさらなる発展を見ることができる。このドラマのベースになっているのは典型的なフィルム・ノワールの設定である。フィルム・ノワールは、それ自体が人間の内面に蠢く欲望を描きだすジャンルではあるが、この映画は、主人公ボビーがおちいる不条理な状況と独自の映像スタイルを巧みに絡ませることによって、個人の欲望というよりもその背景にある風土というものを観客の脳裏に焼き付けてしまうところが何ともすごい。

 主人公ボビーは、スペリアの町でまともとは思えない住人たちに次々と遭遇する。彼が最初に出会うダレルや盲目の男は、その異様な風貌や言動ゆえにビリー・ボブ・ソーントンやジョン・ヴォイトだとは気づかないほどであり、彼らが腹の底で何を考えているのかは見当もつかない。

 一方、ホアキン・フェニックスとクレア・デインズ扮するこの手の町には必ずいるどうしようもないカップルは、何も考えず衝動にまかせて行動する。さらに、『ニクソン』でウォーターゲート事件の鍵を握るヘイグ将軍をいわくありげに演じていたパワーズ・ブースが、一見まともな保安官に扮しボビーを監視している。


◆スタッフ◆
 
監督   オリヴァー・ストーン
Oliver Stone
原作/脚本 ジョン・リドリー
John Ridley
撮影 ロバート・リチャードソン
Robert Richardson
編集 ハンク・コーウィン、トーマス・ジェイ・ノードバーグ
Hank Corwin, Thomas J. Nordberg
タイトルデザイン カイル・クーパー
Kyle Cooper
音楽 エンニオ・モリコーネ
Ennio Morricone
 
◆キャスト◆
 
ボビー・クーパー   ショーン・ペン
Sean Penn
グレース・マッケンナ ジェニファー・ロペス
Jennifer Lopez
ジェイク・マッケンナ ニック・ノルティ
Nick Nolte
トビー・N・タッカー ホアキン・フェニックス
Joaquin Phoenix
ダレル ビリー・ボブ・ソーントン
Billy Bob Thornton
ポッター保安官 パワーズ・ブース
Powers Boothe
盲目の男 ジョン・ヴォイト
Jon Voight
ジェニー クレア・デインズ
Claire Danes
バス停の娘 リヴ・タイラー
Liv Tyler
-
(配給:松竹冨士)
 

 ボビーは、そんな連中に取り巻かれ、気づかぬうちに蜘蛛の巣にからめとられるように動きがとれなくなっている。彼をそんな不条理な状況に追い込むのは、ドラマのレベルでいえばあくまで住人それぞれの欲望や衝動である。

 だが、この映画では、意外性に満ちたキャストの過剰な存在感と映像が強調する砂漠の苛酷な環境や閉鎖的な町の異様な空気が深く共鳴していくために、まるでこの土地や風土に潜む邪悪な力がボビーを支配し、追いつめていくように見えてくる。そして終盤で明らかになるグレースのインディアンの母親の悲劇などは、この土地のイメージをいっそう呪わしいものに変えていくことになる。

 そういう意味で、意外性に満ちたキャスティングはこの映画にとって不可欠な要素ともいえる。しかしながら、最も意外性があるのは実はショーン・ペンだろう。ロシアン・マフィアに追われる落ち目のギャンブラーというはみ出し者の役は、単純に考えると彼にうってつけのように見えが、これまで彼がその飛びぬけた演技力を発揮してきたキャラクターとは決定的に違うところがある。

 ペンはデビュー当時、よく“バッド・ボーイ”と呼ばれて注目を集めていたが、その頃から、ただ尖っているだけではなく驚くほどナイーブな心の揺れを表現できる俳優として若手のなかで突出していた。そして近作の『デッドマン・ウォーキング』や『シーズ・ソー・ラヴリー』でも追いつめられた状況のなかで微妙な心の揺れを見事に表現している。

 『Uターン』のボビーの場合にも、確かに追いつめられる状況があり、心の葛藤がある。しかし彼は、これまでのキャラクターのように繊細でスマートであってはならない。この役は非常に難しい。なぜなら、彼は住人たちに振り回され、必死にもがきながらも、実は彼らの内にあるものを引き出していく触媒のような役割を担っているからだ。それゆえに彼は、状況に流され一貫性を欠く曖昧な行動をとりつづける。

 そんなボビーに説得力を生み出す存在感がなければ、この映画の不条理な状況がかもしだす緊張の糸は途切れ、ブラックなひねりも薄れ、陳腐なコメディになってしまうことだろう。『Uターン』は、ショーン・ペンの存在なくしては成立しえない作品だといえる。


(upload:2013/10/14)
 
 
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