ヴィンセントが教えてくれたこと
St. Vincent St. Vincent (2014) on IMDb


2014年/アメリカ/カラー/102分/ヴィスタ/5.1ch
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(初出:『ヴィンセントが教えてくれたこと』劇場用パンフレット)

 

 

孤独なひねくれ老人とひ弱な少年の間に芽生える友情

 

[ストーリー] ブルックリンの閑静な住宅街で暮らすヴィンセントは、アルコールとギャンブルに溺れ、口を開けば毒舌を連発する偏屈老人。気心の知れたロシア人ストリッパーと飼い猫以外は誰も寄りつかない彼の隣家に、わけありのシングルマザーと12歳の息子オリバーが引っ越してくる。ひょんなことから母親の留守中、時給12ドルでオリバーの面倒を見ることになったヴィンセントは、その頭は賢いけどひ弱な少年を競馬場やバーに連れて行き、フクザツな“大人の世界”を垣間見せていく。

 不思議なくらいウマが合うふたりの間には年の差を超えた友情が芽生えるが、オリバーの親権を争う裁判が始まったことから状況が一変。ふたりのかけがえのない交流の日々に、突然の終止符が打たれてしまう。そんななかオリバーは、周囲から迷惑なひねくれ者と誤解されているヴィンセントの本当の優しさ、高潔さを証明するために、意外な行動を起こすのだった――。[プレスより]

 これまで数多くのCMを手がけてきたセオドア・メルフィの長編デビュー作です。物語は、メルフィ自身の実体験にインスパイアされて書き下ろしたオリジナル脚本に基づいています。

[以下、レビューになります]

 セオドア・メルフィ監督の『ヴィンセントが教えてくれたこと』では、キャスティングが重要な役割を果たしている。私たちは冒頭からすんなりと映画の世界に引き込まれてしまうのであまり意識しないが、このドラマではかなり深刻な状況が描かれている。それがいたずらに重くならないのは、ベテランと新人、あるいはまったくタイプの異なる俳優からこの映画ならではの個性が引き出され、絶妙のバランスを生み出しているからだ。

 そんなキャストの中心に位置しているのはもちろんビル・マーレイだ。彼は『ゴーストバスターズ』(84)や『3人のゴースト』(88)といったコメディで成功を収めるだけではなく、『ロスト・イン・トランスレーション』(03)では、CM撮影のために東京のホテルに滞在する俳優の孤独や疎外感、悲哀を、間や沈黙を生かした演技で表現し、今ではシリアスな俳優としても高く評価されている。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/製作   セオドア・メルフィ
Theodore Melfi
撮影監督 ジョン・リンドレー
John Lindley
編集 ピーター・テッシュナー、サラ・フラック
Peter Teschner, Sarah Flack
音楽 セオドア・シャピロ
Theodore Shapiro
 
◆キャスト◆
 
ヴィンセント   ビル・マーレイ
Bill Murray
マギー メリッサ・マッカーシー
Melissa McCarthy
ダカ ナオミ・ワッツ
Naomi Watts
ブラザー・ジェラティ クリス・オダウド
Chris O’Dowd
ズッコ テレンス・ハワード
Terrence Howard
オリバー ジェイデン・リーベラ
Jaeden Lieberher
-
(配給:キノフィルムズ)
 

 しかしマーレイには、単純にコメディやシリアスといった枠組みでは括れない魅力がある。たとえば彼は、比較的初期の『恋はデジャ・ブ』(93)では、同じ一日が永遠に繰り返される状況に陥ったお天気キャスターを演じ、『ロスト・イン・トランスレーション』以後の『ブロークン・フラワーズ』(05)では、差出人不明の手紙によって19歳の息子がいることを知り、20年前の恋人たちを訪ねる旅に出る中年独身男を演じている。どちらも主人公の人生観が変わるような事態だが、既成の価値観に縛られないマーレイの奇妙な存在感(浮遊感といってもいい)が独特のユーモアを生み出し、決して重くなることなく複雑な心理が表現されている。

 そんなマーレイの資質はこの新作にも引き継がれている。まず注目したいのは、ヴィンセントとオリバー少年の関係だ。それは筆者に、『天才マックスの世界』(98)のことを思い出させる。この映画の主人公は名門私立校に通う15歳の頭脳明晰な少年マックスで、マーレイが彼の同級生の父親で鉄鋼会社を経営するブルームを演じている。ここで思い出したいのは、彼らの間に培われる友情だ。そこには子供と大人という隔たりはまったくない。だからふたりが一人の美しい女性教師に恋をしてしまったときには、お互いにライバル意識をむき出しにし、ブルームがマックスの自転車を壊せば、マックスがブルームの車のブレーキに細工するといったことを本気でやらかす。素晴らしいのは、そんなエピソードが、大人気ないとか、子供じみているという印象を与えるのではなく、対等な関係だと思わせることだ。そこに、既成の価値観に縛られないマーレイならではの魅力がある。

 この映画では、まさにそんな関係が再現されている。しかも今回は、12歳の少年とさらに年を重ねた老人だが、彼らの間には子供と老人の隔たりはない。この映画の後半には、ヴィンセントとオリバーが病院のなかで本気の車椅子レースを繰り広げる場面があるが、それが爽やかに見えるのは、ふたりの間に対等な関係が成立しているからだ。マーレイを相手にオリバーを堂々と演じきった新人ジェイデン・リーベラーは只者ではないが、この作品に続いてキャメロン・クロウの『Aloha(原題)』(15)やジェフ・ニコルズの『Midnight Special(原題)』(15)といった話題作に出演しているというのも頷ける。

 さらに、メリッサ・マッカーシーナオミ・ワッツの起用についても、作り手のセンスが光っている。『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』(11)でブレイクしたマッカーシーは、その後、快進撃が続いている。『デンジャラス・バディ』(13)では、口が汚く暴走を繰り返すボストン警察の女刑事を、『泥棒は幸せのはじまり』(13)では、他人の個人情報を盗んでクレジットカードを偽造し、贅沢に耽る女詐欺師を、『Tammy(原題)』(14)では、仕事を首になり、夫に裏切られて自暴自棄になり、祖母とともに故郷を飛び出す悲惨な妻を演じている。いずれの役もコメディエンヌとしての彼女の個性が前面に押し出され、毒舌や肉弾戦が見所になっているが、この映画のマギー役は違う。彼女はあえて過激なコメディエンヌを封印し、アンサンブルにぴたりとはまる母親像を生み出している。

 これに対してナオミ・ワッツは逆のアプローチを見せる。彼女は、スマトラ島沖地震を題材にした『インポッシブル』(12)では、命懸けで息子を守ろうとする母親を、『ダイアナ』(13)では、愛を求め、メディアに翻弄される故ダイアナ妃を、『美しい絵の崩壊』(13)では、大親友との親密な関係が揺らぎ、お互いに相手の息子と恋に落ちていく母親を、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(14)では、初めてブロードウェイの舞台に立つ気弱な女優を演じている。そんな彼女には演技派という形容が相応しいが、この映画では腹ぼてのロシア人ストリッパーであるダカという役を通して、コメディのパートを引き受けている。既成の価値観に縛られないダカの生き方はヴィンセントのそれとも共鳴し、奔放さと大胆さがアンサンブルのアクセントになっている。

 そして、脇を固めるテレンス・ハワードクリス・オダウドにも触れておきたい。取立屋ズッコを演じるハワードは、主演作『ハッスル&フロウ』(05)で、ラッパーを吹き替えなしで演じきってブレイクし、近作『プリズナーズ』(13)では、ともに娘を誘拐される主人公の親友を好演している。学校の先生を演じるオダウドは、『ブライズメイズ〜』で演じた人のいい警官役の印象が強いが、近作『ある神父の希望と絶望の7日間』(14)では、一週間後の殺害を宣告された神父をめぐるドラマのなかで、重要な役を担い鬼気迫る演技を披露している。どちらも贅沢なキャスティングといえる。

 この映画では、単にキャストそれぞれから個性が引き出されているだけではない。見逃せないのは、ヴィンセント、オリバー、マギー、ダカの4人がそれぞれに独力では解決できない問題を抱えていることだ。しかし、彼らは安易に他人に頼るのではなく、自分のやり方で道を切り拓こうとする。そんな努力が自然な流れのなかでお互いの距離を縮め、最終的にひとつの家族のようになっていくところに深い感動がある。


(upload:2016/10/28)
 
 
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ウェス・アンダーソン 『ムーンライズ・キングダム』 レビュー ■
『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』 レビュー ■
フアン・アントニオ・バヨナ 『インポッシブル』 レビュー ■
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