しかしマーレイには、単純にコメディやシリアスといった枠組みでは括れない魅力がある。たとえば彼は、比較的初期の『恋はデジャ・ブ』(93)では、同じ一日が永遠に繰り返される状況に陥ったお天気キャスターを演じ、『ロスト・イン・トランスレーション』以後の『ブロークン・フラワーズ』(05)では、差出人不明の手紙によって19歳の息子がいることを知り、20年前の恋人たちを訪ねる旅に出る中年独身男を演じている。どちらも主人公の人生観が変わるような事態だが、既成の価値観に縛られないマーレイの奇妙な存在感(浮遊感といってもいい)が独特のユーモアを生み出し、決して重くなることなく複雑な心理が表現されている。
そんなマーレイの資質はこの新作にも引き継がれている。まず注目したいのは、ヴィンセントとオリバー少年の関係だ。それは筆者に、『天才マックスの世界』(98)のことを思い出させる。この映画の主人公は名門私立校に通う15歳の頭脳明晰な少年マックスで、マーレイが彼の同級生の父親で鉄鋼会社を経営するブルームを演じている。ここで思い出したいのは、彼らの間に培われる友情だ。そこには子供と大人という隔たりはまったくない。だからふたりが一人の美しい女性教師に恋をしてしまったときには、お互いにライバル意識をむき出しにし、ブルームがマックスの自転車を壊せば、マックスがブルームの車のブレーキに細工するといったことを本気でやらかす。素晴らしいのは、そんなエピソードが、大人気ないとか、子供じみているという印象を与えるのではなく、対等な関係だと思わせることだ。そこに、既成の価値観に縛られないマーレイならではの魅力がある。
この映画では、まさにそんな関係が再現されている。しかも今回は、12歳の少年とさらに年を重ねた老人だが、彼らの間には子供と老人の隔たりはない。この映画の後半には、ヴィンセントとオリバーが病院のなかで本気の車椅子レースを繰り広げる場面があるが、それが爽やかに見えるのは、ふたりの間に対等な関係が成立しているからだ。マーレイを相手にオリバーを堂々と演じきった新人ジェイデン・リーベラーは只者ではないが、この作品に続いてキャメロン・クロウの『Aloha(原題)』(15)やジェフ・ニコルズの『Midnight Special(原題)』(15)といった話題作に出演しているというのも頷ける。
さらに、メリッサ・マッカーシーとナオミ・ワッツの起用についても、作り手のセンスが光っている。『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』(11)でブレイクしたマッカーシーは、その後、快進撃が続いている。『デンジャラス・バディ』(13)では、口が汚く暴走を繰り返すボストン警察の女刑事を、『泥棒は幸せのはじまり』(13)では、他人の個人情報を盗んでクレジットカードを偽造し、贅沢に耽る女詐欺師を、『Tammy(原題)』(14)では、仕事を首になり、夫に裏切られて自暴自棄になり、祖母とともに故郷を飛び出す悲惨な妻を演じている。いずれの役もコメディエンヌとしての彼女の個性が前面に押し出され、毒舌や肉弾戦が見所になっているが、この映画のマギー役は違う。彼女はあえて過激なコメディエンヌを封印し、アンサンブルにぴたりとはまる母親像を生み出している。
これに対してナオミ・ワッツは逆のアプローチを見せる。彼女は、スマトラ島沖地震を題材にした『インポッシブル』(12)では、命懸けで息子を守ろうとする母親を、『ダイアナ』(13)では、愛を求め、メディアに翻弄される故ダイアナ妃を、『美しい絵の崩壊』(13)では、大親友との親密な関係が揺らぎ、お互いに相手の息子と恋に落ちていく母親を、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(14)では、初めてブロードウェイの舞台に立つ気弱な女優を演じている。そんな彼女には演技派という形容が相応しいが、この映画では腹ぼてのロシア人ストリッパーであるダカという役を通して、コメディのパートを引き受けている。既成の価値観に縛られないダカの生き方はヴィンセントのそれとも共鳴し、奔放さと大胆さがアンサンブルのアクセントになっている。
そして、脇を固めるテレンス・ハワードとクリス・オダウドにも触れておきたい。取立屋ズッコを演じるハワードは、主演作『ハッスル&フロウ』(05)で、ラッパーを吹き替えなしで演じきってブレイクし、近作『プリズナーズ』(13)では、ともに娘を誘拐される主人公の親友を好演している。学校の先生を演じるオダウドは、『ブライズメイズ〜』で演じた人のいい警官役の印象が強いが、近作『ある神父の希望と絶望の7日間』(14)では、一週間後の殺害を宣告された神父をめぐるドラマのなかで、重要な役を担い鬼気迫る演技を披露している。どちらも贅沢なキャスティングといえる。
この映画では、単にキャストそれぞれから個性が引き出されているだけではない。見逃せないのは、ヴィンセント、オリバー、マギー、ダカの4人がそれぞれに独力では解決できない問題を抱えていることだ。しかし、彼らは安易に他人に頼るのではなく、自分のやり方で道を切り拓こうとする。そんな努力が自然な流れのなかでお互いの距離を縮め、最終的にひとつの家族のようになっていくところに深い感動がある。 |