ムーンライズ・キングダム
Moonrise Kingdom


2012年/アメリカ/カラー/94分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
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(初出:Into the Wild 2.0 | 大場正明ブログ)

 

 

決して取り戻せない時間、もはや存在しない場所

 

 ウェス・アンダーソン監督の『ムーンライズ・キングダム』では、12歳のサムとスージーの逃避行が描かれる。映画の舞台は、1965年、ニューイングランド沖に浮かぶ全長26kmの小島・ニューペンザンス島だ。

 裕福ではあるが、厳格な父親や身勝手な母親に反感を覚えるスージーと、里親に育てられる孤児で、ボーイスカウトで仲間外れにされているサム。それぞれに孤立するふたりは1年前に偶然出会い、文通で親しくなり、駆け落ちを決行する。それに気づいた親や警官、ボーイスカウトの隊長と子供たち、福祉局員が追跡を開始するが、島には嵐が迫っている。

 これまでウェス・アンダーソンの作品にはいまひとつ馴染めないところがあったが、この新作には冒頭から引き込まれ、心を動かされた。

 緻密に作り上げられたセットや計算されつくしたカメラワーク、多彩で効果的な音楽、簡潔で洞察に富む台詞、ユーモアを散りばめたドラマなど、一見これまでと変わらないアンダーソンのスタイルのように見える。だが、そうした細部と全体の関係が違う。

 筆者の目から見ると、これまでの作品では、細部が統合されたひとつの世界よりも、ひとつの世界を構成するそれぞれの細部が印象に残っていた。しかしこの映画では、中盤に至る以前に完全にひとつの世界に引き込まれ、その世界や物語は最終的に“ムーンライズ・キングダム”という一点に集約される。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ウェス・アンダーソン
Wes Anderson
脚本 ロマン・コッポラ
Roman Coppola
撮影 ロバート・イェーマン
Robert Yeoman
編集 アンドリュー・ワイスブラム
Andrew Weisblum
音楽 アレクサンドル・デスプラ
Alexandre Desplat
 
◆キャスト◆
 
シャープ警部   ブルース・ウィリス
Bruce Willis
ウォード隊長 エドワード・ノートン
Edward Norton
ミスター・ビショップ ビル・マーレイ
Bill Murray
ミセス・ビショップ フランシス・マクドーマンド
Frances McDormand
福祉局員 ティルダ・スウィントン
Tilda Swinton
サム ジャレッド・ギルマン
Jared Gilman
スージー カーラ・ヘイワード
Kara Hayward
ベン ジェイソン・シュワルツマン
Jason Schwartzman
ナレーター ボブ・バラバン
Bob Balaban
ピアース ハーヴェイ・カイテル
Harvey Keitel
-
(配給:ファントム・フィルム)
 

  アンダーソンがこの映画で細部と全体の関係を強く意識していることは、冒頭で最初に流れる音楽から察することができる。それは、ベンジャミン・ブリテンの《青少年のための管弦楽入門》であり、パーセルの主題が、木管、金管、弦、打楽器などに編成を変えて提示される。

The Young Person's Guide To The Orchestra, Op. 34: Themes A-F by Leonard Bernstein on Grooveshark

 解説とともにオーケストラの細部と全体の関係を学ぶ音楽から始まるこの映画では、細部がひとつの世界に統合されていくことが示唆され、実際にその通りになる。計算されたカメラワークやキャラクターの感情、ドラマのリズムなどが見事にシンクロし、細部を見るこちらの目が自然に全体をとらえている。

 さらにこの映画では、聖書やシェイクスピアの世界の引用が、細部と全体の橋渡しに貢献している。サムとスージーは、教会で上演された『ノアの方舟』がきっかけで出会う。スージーはこの劇でカラスの役を演じ、ボーイスカウトの活動で劇を観たサムの目にとまる。そして、やがて彼らの世界である小島も、嵐の襲来で洪水に見舞われることになる。

 島に嵐とくればもちろん『テンペスト』も思い浮かぶ。映画の冒頭では、ブリテンの《青少年のための管弦楽入門》が終わると、ボブ・バラバン扮するナレーターが現われ、私たち観客に三日後に嵐が来ると告げる。いささか強引ではあるが、彼がエアリエルで、監督のアンダーソンがプロスペローで、魔法を題材にした本ばかり読んでいるスージーがミランダだといってもいいだろう。また、音楽でブリテンの歌劇《真夏の夜の夢》が使用されていることにも注目しておきたい。

 そんな物語の力も借りて、細部はひとつの世界になり、最終的に一点に集約される。サムとスージーが目指した“ムーンライズ・キングダム”は、決して取り戻すことができない貴重な時間、もはや存在しない大切な場所を意味している。


(upload:2013/02/10)
 
 
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