デイヴィッド・O・ラッセル・インタビュー

2005年5月

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ハッカビーズ/I Heart Huckabees――2004年/アメリカ/カラー/107分/スコープサイズ/ドルビーデジタル
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(初出:日本版「Esquire」2005年10月号)

 

 

アメリカの現実と自分探し、そして偶然

 

 アメリカ映画界で異彩を放つデイヴィッド・O・ラッセル監督の作品には、政治や社会、宗教、哲学などに関わる深刻な問題意識と奇抜なコメディのセンスが結びついたシュールな世界がある。そんな独特の発想や表現は、彼が文学に強い関心を持っていたこととも無縁ではないだろう。

「もともと物語を作ることが好きだったんだ。作家になりたくて、映画監督になることなんて考えたこともなかった。出版社に勤めていた父親の影響もあったと思う。本の話をいろいろ聞かされ、作家が僕のヒーローになっていった。マーク・トウェイン、フラナリー・オコナー、フィッツジェラルド、サリンジャー、ロバート・ストーン、ピンチョンなどだ。しかし実際にものを書くうちに、思っていたほどの充足感を得られないことがわかり、映画に目覚めた。映画を作ることで、政治とものを書くことが結びつけられるようになった。映画は、ヴィジョンや創造性、リーダーシップを必要とするし、議論やコミュニケーションの場にもなる。ウェス・アンダーソンにも言われたけど、僕は事前にあれこれ計画を練り、実行していくタイプなんだ」

 湾岸戦争を題材にしたラッセルの前作『スリー・キングス』は、中東とアメリカをめぐる石油の問題にいち早く注目した作品だった。新作の『ハッカビーズ』でも、エコロジーと開発の対立の背景に石油の問題があり、登場人物のひとりである消防士のトミーは、9・11以来、石油の問題が頭から離れなくなり、自動車に乗ることを拒否している。

「そう、2本の映画は繋がっている。9・11に絡む政治的な質問をされるたびに僕が思うのは、どうして何かが起こらないとそういう質問が出てこないのかということなんだ。『スリー・キングス』のときも、僕は政治的な映画を作ったつもりだったのに、そういうことには目を向けられなかった。僕が9・11以後についてどう思っているのかは、映画のトミーの台詞に集約されている。事件が起きるとみんな5分間は議論するけど、そのあとは忘れてしまうんだ」

 社会学者トッド・ギトリンは、『アメリカの文化戦争』のなかで、これまで歴史や伝統、国家、階層といった枠組みに立脚してきた右派が、グローバリゼーションによって人間の共通性を主張するようになり、逆に、これまで人間の共通性を主張してきた左翼が、行き場を失いつつあると書いている。

 『ハッカビーズ』のドラマには、そんな現実が反映されている。オタクなエコロジストのアルバートは、彼が始めた環境保全団体の支部長の座を天敵に奪われかけている。その天敵とは、何でも揃うスーパー"ハッカビーズ"のエリート社員で、笑顔と巧みな話術で人々を虜にし、開発を進めるブラッドだ。窮地に立つアルバートには、先述した消防士のトミーが味方になるが、このふたりのリベラルは、正論を唱えれば唱えるほど周囲から孤立していく。

「僕は、上下が逆転することで言葉そのものの力が失われてしまうというジョージ・オーウェルのヴィジョンを信奉しているので、そういうとらえ方はよくわかる。ジョージ・ブッシュが平気な顔をしてわれわれは代替エネルギーを探さなければならない時期にきていると訴える。ほんとにブッシュかよと唖然とするけど、実際に代替エネルギーを探しているわけではない。それが現実なんだ」

 しかし、この映画で孤立に追いやられるのはリベラルだけではない。商談のたびに機械のように同じジョークを繰り返すエリート社員のブラッドも、"ハッカビーズ"の顔になっているキャンペーン・モデルのドーンも、奇妙な成り行きで自分と向き合わなければならなくなる。

「僕だって、自分の映画を売るために、こうやって偉そうに喋っている自分が嫌になる。危険なのは、こういうことを繰り返しているうちにその気になり、ほんとに自分が偉いと思い込むことだ。それを避けるために、嫌な人間を演じようと考えたりもする。本音を言えば、こんなことをしていたくないわけだけど、芸術というのはそういう辛辣になる瞬間を作ってくれるものでもある。たとえば、身体を動かしたり、楽器を演奏することは、それを続けるうちに惰性になるけど、もとに戻る瞬間がある。ブラッドやドーンのキャラクターがいい例だ。彼らは映画スターのように魅力的な人間だが、それが全人格ではない。人に好かれることに傾注してしまうと、次がもう何もない状態になってしまうんだ」


◆プロフィール◆

デイヴィッド・O・ラッセル
1958年、米国ニューヨーク市生まれ。アマースト・カレッジで英語、政治学を学び、81年に卒業。
87年、短編映画「Bingo Inferno」で監督・脚本・製作・編集を務めた後、「Spanking the Monkey」(94)で長編映画監督・脚本家デビュー。同作はサンダンス映画祭でプレミア上映され、観客賞を受賞した他、インディペンデント・スピリット賞の初監督作品賞と初脚本作品賞を受賞した。
96年にはコメディ『アメリカの災難』で絶賛を浴びる。同作は30を超える批評家のベスト10リストに選出される。またインディペンデント・スピリット賞の監督賞・脚本賞にノミネートされた。
99年の『スリー・キングス』は100を超える批評家のベスト10リストに選出。また、ボストン映画批評家協会賞の作品賞、監督賞を受賞した他、全米脚本家協会賞オリジナル脚本賞にノミネート。
02年には、新世代のフィルムメーカーに焦点を当てたニューヨーク近代美術館の"ワーク・イン・プログレス"シリーズで表彰された最初の映画監督となった。同シリーズではその後、アレクサンダー・ペイン、ソフィア・コッポラが表彰されている。04年、5年ぶりの新作となる本作を発表した他、イラク戦争の帰還兵へのインタビューを中心に構成された中編ドキュメンタリー映画「Soldiers Pay」で共同監督を務めた。

(『ハッカビーズ』プレスより引用)

◆スタッフ◆
 
監督/脚本   デイヴィッド・O・ラッセル
David O.Russell
脚本 ジェフ・バエナ
Jeff Baena
撮影 ピーター・デミング
Peter Deming
編集 ロバート・K・ランバート
Robert K. Lambert
音楽 ジョン・ブライオン
John Brion
 
◆キャスト◆
 
アルバート・マルコヴスキー   ジェイソン・シュワルツマン
Jason Schwartzman
ブラッド・スタンド ジュード・ロウ
Jude Law
ベルナード ダスティン・ホフマン
Dustin Hoffman
ヴィヴィアン リリー・トムリン
Lily Tomlin
トミー・コーン マーク・ウォールバーグ
Mark Wahlberg
カテリン イザベル・ユペール
Isabelle Huppert
ドーン ナオミ・ワッツ
Naomi Watts
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(配給:日本ヘラルド映画)
 

 



 『ハッカビーズ』は自分探しのドラマといえるが、一般的な自分探しとは次元が違う。アルバートやトミーが救いを求めるのは、"哲学探偵"を名乗り、依頼人自身の内面を調査するベルナードとヴィヴィアンの夫婦なのだ。しかもそこに、探偵夫婦の宿敵と思われる謎のフランス人女性カテリンが現れ、迷えるアルバートを異なる世界観に導こうとする。そんな哲学探偵や謎の女性の存在には、ラッセルが学んできた東洋思想が反映されている。

「最初のきっかけは、サリンジャーの『フラニーとゾーイー』を読んだことだった。主人公たちが語ることは、宗教的なクリシェだけど、彼らは問いかけに対して真摯に向き合っている。そんな姿に心を揺さぶられ、目を見開かされる思いがした。それから大学に入ったときに、(ユマ・サーマンの父親の)ロバート・サーマンに出会った。彼はチベット仏教の権威で、その宗教学の世界にどっぷりと漬かった。映画のベルナードは、彼がモデルになっている。それから、マンハッタンにある禅センターにも四年間通った。カテリンの役は、その禅センターの老師に近い。チベットの仏教に比べると、僕の学んだ禅は、苛酷で無慈悲で、闇を受け入れていく。僕自身はといえば、生きていくためにチベット的なものも必要としているけど、刹那主義というか、その瞬間瞬間を生きる禅の考え方にいちばん近いと思う。映画のなかでカテリンが泥まみれになるように、自分がいる場所から出発し、地に足がついている感じがするんだ」

 ラッセルは、そうした東洋思想をヒントに独自の世界を切り開いていく。彼にとって重要なのは常に"偶然"だ。『アメリカの災難』や『スリー・キングス』では、血の繋がった本当の両親やフセインが奪って隠した金塊を探し出すという当初の必然が、行く先々で遭遇する偶然によって変化し、偶然から新たな必然が導き出される。この『ハッカビーズ』でも、アルバートの自分探しは、彼が同じアフリカ人に何度も出会うという偶然が手がかりとなるのだ。

「なぜ偶然が繰り返されるのか自分に問いかけ、こういうことかもしれないと考え、ある種の仮定が生まれることによって、心が解放されていくのだと思う。もちろん場合によってはネガティヴな偶然というのもあり得るわけだけど、それは逆にいえば、心を閉ざしていくものを認識し、自分に目覚める機会となる。僕は、そういう心の解放が幸福に繋がると考えているんだ」


(upload:2006/10/14)
 
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