トム(トマス)・マッカーシー監督は、ニュージャージー出身で、学生時代にはレスリングをやっていた。9・11以後を独自の視点で描いた『扉をたたく人』につづく新作『WIN WIN ダメ男とダメ少年の最高の日々』の物語には、そんな経験も反映されている。
映画の舞台はニュージャージーのサバービア、主人公は、不況で仕事がなく、ストレスに悩まされるさえない高齢者専門の弁護士マイク・フラハティ。彼は家族の生活費を稼ぐため、OBでもある高校の弱小レスリング部のコーチをしたり、違法すれすれのサイドビジネスまで請け負っている。
経済的に追い詰められた彼は、認知症のため自分で判断ができないクライアントからおこぼれをいただくという安易な金儲けをもくろみ、レオという老人の後見人に名乗りをあげる。そんなある日、彼は身寄りのない少年カイルに出会う。少年に同情したマイクは、居候を許し、レスリング部に誘うが、そこでカイルは図抜けた才能を発揮し、ふたりの“WIN WIN”の関係が始まったかに見える。
ところが、そのカイルがレオの孫だとわかり、さらにドラッグ中毒の問題を抱える少年の実の母親まで現れて、事態は思わぬ方向へと展開していく。
マッカーシー監督のデビュー作『ステーション・エージェント』と2作目の『扉をたたく人』には共通点があった。ある事情で人を遠ざけるようになった孤独な主人公が、別な事情で孤立している他者と偶然に出会い、次第に心を開き、自分の気持ちに正直に行動するようになる。
この新作の物語もそれらと似た構成のように見える。金銭面で苦境に立つ弁護士マイクが、ひょんなことから家出してきた少年カイルに出会い、生活が一変する。前2作では、「鉄道」や「音楽」が主人公と他者を結びつけたように、新作では「レスリング」がマイクとカイルを結びつける。
しかし新作は、より身近で平凡な日常に踏み込み、誰もがいつ陥るともかぎらない状況を巧みに描き出している。前2作では、小人症という障害や愛する妻の死という避けられない現実が、人を遠ざける原因になっていた。新作のマイクの場合は、家族や友人にも恵まれ、これまでそれなりにまっとうに生きてきたが、苦し紛れに犯したひとつの過ちが、次第に重くのしかかってくることになる。 |