ザ・ウィナー(ディレクターズ・カット)
The Winner (The Director's Cut)  The Winner
(1996) on IMDb


1996年/アメリカ/カラー/95分/ヴィスタ/ドルビー・ステレオ
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(初出:「ザ・ウィナー」劇場用パンフレット、若干の加筆)

 

 

長回しと象徴によって
ヴェガスを異化するノワール

 

 アレックスの「ザ・ウィナー」については、正直なところ何か観るのが恐いような気がしていた。昨年、彼にインタビューしたときに、この映画のオリジナルがプロデューサーたちに勝手に再編集され、音楽を差しかえられた悪夢についてさんざん話を聞かされていたからだ。

 もちろん今回日本で公開されるのは、オリジナルであるから、本来ならそんなことを心配する必要はまったくない。ところがアレックスは、この悪夢がまだかなり尾を引いていたためか、この作品そのものをあくまで雇われ監督の仕事とみなし、これまでの自分の作品とのあいだに明確な一線を引いているように思えたのだ。

 ところが、実際に作品を観てすべてが杞憂だったことを喜ぶどころか、筆者はアレックスの世界に完全に引き込まれた。そして、これまで独自の企画に固執してきたアレックスが、なぜこの企画のオファーを受けたのかよくわかった。

 ひとつは長回しである。メキシコに拠点を移したアレックスは、長回しを通して新しい世界を切り開いてきた。おそらく彼はこのシナリオが、彼の好むフィルム・ノワールであるというだけではなく、長回しのスタイルを生かせるドラマであると確信したに違いない。実際この映画の長回しは実に見応えがある。

 ラスヴェガスのカジノで神懸かり的に勝ちつづける男フィリップの金目当てに、欲に駆られたひと癖もふた癖もある連中が群がり、あの手この手の駆け引きを繰り広げる。ドラマはこの連中がもつれ合うたびに局面が変化していくのだが、アレックスはこの局面が変化する駆け引きの場面を巧みな長回しで描きだしていく。登場人物が出会って話術や色仕掛けで相手に取り入り、丸め込むまでの過程をワンカットで撮っているので、自ずと駆け引きに緊迫感が漂うのだ。

 たとえば、ウルフが父親の亡骸を担いでフィリップの家に現われたとき、弟は激しい剣幕で兄を追いだそうとするが、次第に丸め込まれ受け入れてしまう。あるいは、フィリップが切断された父親の手のことでルイーズを問い詰める場面では、庭のプールからキッチンへとドラマが続き、さらに二階のベッドの下に潜んでいたウフルとルイーズのやりとりにまで続いていく。

 こうした長回しには、アレックス自身がそれを楽しんでいると思われるユーモアも盛り込まれている。それは、ルイーズがジャックに彼女の部屋を荒らす指示を出す場面だ。彼らの密談は、人目を避けるように階段からテーブル、もうひとつのテーブルへと続いていくが、最初のテーブルにフランス訛りで喋るアレックス扮する振付師が割り込み、ライターがないか尋ねる。するとルイーズが、持っていないと答えてもうひとつのテーブルに移るのだが、ジャックが振付師を追い払って席につくと彼女がちゃっかり自分のライターで煙草に火をつけているというわけだ。

 しかし、長回しの効果というのは、駆け引きの緊張感だけではない。筆者がこの長回しを使って描かれるドラマを見ながら思い出していたのは、エルモア・レナードの犯罪小説の世界だ。レナードについては、「ゲット・ショーティ」「タッチ」そしてタランティーノの「ジャッキー・ブラウン」とその作品が立て続けに映画化されているので、ご存知の方も少なくないだろう。

 彼の小説はよく映画的といわれ、実際このように映画化が相次いでいるのだが、正直なところ原作の核心的な魅力が映画に生かされているのを見たことがない。それは、レナードの小説の何が映画的なのかということがほとんど理解されていないからだ。


◆スタッフ◆

監督 アレックス・コックス
Alex Cox
製作総指揮 マーク・デイモン/ レベッカ・デモーネイ
Mark Damon/ Rebecca Demornay
製作 ケネス・シュウェンカー
Kenneth Schwenker
撮影 デニス・マロニー
Denis Maloney
脚本 ウエンディー・リズ
Wendy Riss( based on her play "A Darker Purpose")
編集 カルロス・プエンテ
Carlos Puente
音楽 ザンダー・シュロス/ プレイ・フォー・レイン
Zander Schloss/ Pray for Rain

◆キャスト◆

フィリップス
ヴィンセント・ドノフリオ
Vincent D'Onofrio
ルイーズ レベッカ・デモーネイ
Rebecca Demornay
ウルフ マイケル・マドセン
Michael Madsen
キングマン デルロイ・リンド
Delroy Lindo
ジャック ビリー・ボブ・ソーントン
Billy Bob Thornton
ジョーイ フランク・ホェーリー
Frank Whaley
フランキー リチャード・エディソン
Richard Edson
ポーリー サヴェリオ・ゲェッラ
Saverio Guerra
ガーソン アレックス・コックス
Alex Cox
 
(配給:ギャガ・コミュニケーションズ
/ケイブルホーグ)
 


 レナードの小説の魅力は、驚くほど生き生きとしたシチュエーションの数々にあり、そのシチュエーションは実は非常に映画に近い発想で作りあげられている。彼のシチュエーションでは、まるでキャメラでとらえられているかのように、対話ばかりではなく、その背景となる世界の空気までが当たり前に映しとられてしまう。その背景の効果が絶大で、会話と人物が妙に生き生きし、読者を引き込んでしまうのだ。

 ところが、彼の小説が映画になってみると、人物設定と会話は引き継がれていても、それがクローズアップの短いカットの連続で描かれるなど、一番の魅力である背景の空気が浮かび上がってこないのだ。

 ここまで書けば筆者が言いたいこともおわかりいただけるだろう。「ザ・ウィナー」では、会話のシチュエーションを長回しで撮ることによって、その背景となるラスヴェガスが、カットを組み合わせたイメージではなく空気として見事に映しとられ、それぞれのキャラクターをさらに生き生きとしたものにしている。アレックスは、このシナリオをまさにレナード・タッチで映画化してしまったというわけだ。しかもこの映画では、もう一方で会話の間を大胆にカットすることによって、こうした長回しの流れとコントラストをつけ、絶妙なリズムを生みだしてもいる。

 さらに、このシナリオにはアレックスが好みそうなもうひとつの魅力がある。それはラスヴェガスという世界を、宗教的なイメージを通して象徴的に描いているということだ。 まず何よりも、このドラマの中心に位置するフィリップは、まるで教会に通うかのように毎週日曜日にカジノに現われ、神懸かりの奇跡を披露する。三人組のギャングのボスであるジョーイはいつも啓示を求め、彼が堕落したエデンを滅ぼすために神が雨を降らせた話をすると、ラスヴェガスは激しい雨に包まれる。カジノの客を見下ろし、何かというと大袈裟な譬え話を持ちだすオーナーのキングマンも丘の上の賢者を気取っている。

 アレックスは、映画作りに際して常にまずロケーションにこだわり、舞台となる世界に強烈な磁場を作り、その世界を異化してしまう。この映画では、そんな宗教的な象徴を際立たせることによって、これまでラスヴェガスを舞台にした映画とは異質なラスヴェガスを描きだしている。頻繁に挿入されるラスヴェガスの遠景、殺伐とした自然と建造中の高層ビルや郊外住宅のシュールなイメージ、怪しげな雲行きから放たれる閃光、そしてドラマを彩る原色と陰影を強調した映像などが、宗教的な象徴と結びつき、異空間としてのラスヴェガスを現出させるのである。

 そして映画のラストがまた素晴らしい。ラストでキングマンがカジノの電源を切ると、街を彩るイルミネーションが次々と消えていき、最後には、夜空を埋める星までもが人工の照明であったかのように闇に呑み込まれていく。これは、きわめてアメリカ的で人工的な空間であるラスヴェガスで繰り広げられる奇跡と金と愛をめぐる物語の幕切れにふさわしい象徴的なラストといっていいだろう。

 そういう意味では、この映画は極端というほどの飛躍はないものの、キリスト教の伝道師から宇宙人までを引き込み、ロスを異空間に変えた「レポマン」を連想させる。ということは、この映画では、「レポマン」の魅力からメキシコ時代のアレックスを特徴づける長回しまでが融合していることになる。自分のオリジナルな企画ではなく雇われ監督の仕事としてこれ以上何を望むことができるだろうか。「ザ・ウィナー」は、彼が十分に自分の感性を出し切っているという意味で、他の作品と比べてもまったく遜色がない立派なアレックスの監督作品である。

 ところで、オリジナルがこれほど素晴らしいと再編集版がどんな代物なのか好奇心がわいてくるが、こちらはまさしく悪夢の一言に尽きる。差し替えられた音楽では、たとえば冒頭からホーンのアンサンブルにラテンのリズムやギター、キーボードが絡む軽快なジャズが流れだし、よくあるテレビ向けのアクションに完璧に作り変えられている。またフィルムの再編集については、先述した緻密に計算された長回しを少しでもカットすることが、映画全体にどのようなダメージをもたらすかあらためて語る必要もないだろう。

 それだけにこの貴重なオリジナル・ディレクターズ・カットの「ザ・ウィナー」が、日本で公開されることを心から喜びたいと思う。


(upload:2001/11/15)
 
 
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