暴力を振るい、ストーカーとなった恋人から逃げだし、ロンドンで生活を始めたカルメンは、郊外で裕福な独身生活を送るバーナビーに出会う。彼は優しく包容力があり、彼女がプロポーズを断る理由はなかった。
しかし、独身最後に女友だちと飲み明かすヘン・ナイト・パーティーで、予期せぬ出来事が起こる。店の客のなかから一番ハンサムな男を選んでキスするというルールに従い、彼女は、テーブルの向こうから自分を見つめていたキットを選んだ。ところが、軽い気持ちのキスは、ごく自然にお互いを求める情熱的なキスに変わり、われに返った彼女は激しく取り乱す。そして結婚式が迫るなか、彼女の心はふたりの男の間で揺れ動いていく。
マシュー・パークヒル監督の長編デビュー作『Dot the i ドット・ジ・アイ』は、一見するとよくある男女の三角関係を描いた映画のように見える。しかしそこには、何とも不穏な空気が漂っている。
映画には粒子の粗い映像が頻繁に挿入される。誰かに見られているような気配を感じるカルメンは、以前の恋人が脳裏をよぎり、不安になる。やがて彼女は、自分の私生活がおびただしい数のビデオカメラによって記録されていたことを知る。
このカルメンの立場は、たとえば『トゥルーマン・ショー』の主人公のそれに通じるものがある。だが、そんな状況に対する新世代の監督の認識やアプローチはまったく違う。
この映画では、現実を侵蝕する虚構やメディアの問題が中心的なテーマとなることはないし、偽りの世界から抜けだすことだけが出口となるわけでもない。仕組まれた世界の出来事ではあっても、運命のキスはあくまで運命のキスであり、カルメンとキットは、むしろその虚構を利用し、虚構の罠に対して虚構の罠で答を出す。彼らは、巧妙なトリックによって今度は自分たちが現実と虚構を引っくり返し、虚構の世界で活躍するための切符を手にする。
これは、虚構や監視が日常化する時代を風刺しつつ、軽やかに突き抜けてしまう痛快な恋愛映画なのだ。
|