スリー・キングス
Three Kings


1999年/アメリカ/カラー/115分/スコープサイズ/ドルビーSRD・DTS・SDDS
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(初出:「中央公論」2000年5月号、加筆)

ロールスロイスやヴィトンのバッグがその実力を発揮するのが、
冒険と偶然と必然にこだわるラッセルのシュールな戦場である

 デヴィッド・O・ラッセル監督の『スリー・キングス』は、湾岸戦争の停戦直後、砂漠地帯にある多国籍軍のベースキャンプで、4人の米兵が、クウェートから奪われた大量の金塊の隠し場所を示す地図を発見するところから物語が動き出す。

 バラ色の未来を夢見て宝探しに乗りだした彼らだったが、その先には思わぬ展開が待ち受けている。アメリカ軍の支援を信じて蜂起したシーア派のイラク人が孤立し、殺されかけているとなれば、見て見ぬふりはできないだろう。

 そんな展開については少し補足しておくべきかもしれない。ここらへんの事情は、アンドリュー・コバーン&パトリック・コバーンの『灰の中から――サダム・フセインのイラク』などに詳しい。

 湾岸戦争は、勝てない戦争をはじめたサダムに対するシーア派やクルド人の恨みが噴き出す契機となった。サダム軍は敗走しただけではない。シーア派の拠点である南部では反乱が起こった。それは自然発生的なものだったが、北部ではクルド人たちが計画的に決起した。この反乱によって、サダムはイラク18州のうち 14州でその支配力を失うことになった。

 しかし、風向きが変わった。ワシントンとロンドンの多国籍軍のトップは、そんな惨状にあってどんな指導者も生き残れないと安心してしまった。一方では、イランとの国境に近い地域で、イランの故ホメイニ師のポスターが登場するようになったことに敏感に反応した。さらにサダムも機に乗じて反乱のイラン的な要素を宣伝した。そんなふうにして多様な背景を持つ人々による反乱は、イスラム革命志向にすりかえられ、米軍の動きがにぶり、形勢が逆転した。そして、反乱勢力に対して冷酷な制裁が加えられ、多大な犠牲者を生み出すことになった。

 この映画の主人公たちはそんな不条理を目の当たりにする。ここらへんの展開には、若き日のラッセルを思い出させるものがある。彼は80年代初頭、大学の同級生たちがそろってヤッピー化していくなかで、自前の平和部隊としてひとりニカラグアに赴くなど、政治的な活動をしていた時代がある。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   デイヴィッド・O・ラッセル
David O.Russell
原案 ジョン・リドリー
John Ridley
撮影 ニュートン・トーマス・シーゲル
Newton Thomas Sigel
編集 ロバート・K・ランバート
Robert K. Lambert
音楽 カーター・バーウェル
Carter Burwell
 
◆キャスト◆
 
アーチー・ゲイツ   ジョージ・クルーニー
George Clooney
トロイ・バーロー マーク・ウォールバーグ
Mark Wahlberg
チーフ・エルジン アイス・キューブ
Ice Cube
コンラッド・ビグ スパイク・ジョーンズ
Spike Jonze
アミール・アブダラ クリフ・カーティス
Cliff Curtis
ウォルター・ウォーガマン ジェイミー・ケネディ
Jamie Kennedy
サイード中尉 サイード・タグマウイ
Said Taghmaoui
エイドリアーナ・クルース ノーラ・ダン
Nora Dunn
-
(配給:ワーナー・ブラザース映画)
 

 しかし、戦争批判だけなら、ラッセルでなくてもできる。筆者が注目したいのは、彼の独特の話術だ。彼は「冒険」や「偶然」と「必然」というものに強い関心を持ち、それらにからむシュールな物語をひねり出す。

 彼の前作『アメリカの災難』では、生みの親を探す若者の旅を通して、神話化されたアメリカの歴史ががらがらと崩れていく。アイデンティティはもはや歴史や血縁からは見えてこない。直面する状況のなかで自分にとっての必然を見極め、積極的に選び取るしかないのだ。

 『スリー・キングス』でも、偶然と必然の興味深い転倒が繰り返される。まず戦場にやって来た主人公たちには必然が欠落している。湾岸戦争はハイテク兵器の独壇場で、地上軍の彼らに残されたのは、マスコミと捕虜のお相手だけだからだ。それだけに金塊という必然は彼らを強く動かすが、偶然にも先述したような不条理に遭遇することになる。

 その結果、金塊と難民となって出国を求めるイラク人はワンセットになり、彼らは救世主アメリカの代理を務めるしかなくなる。しかも、イラク軍の捕虜になった仲間を救うためには、その救世主のイメージを利用もする。日常の世界では単なる高級品、あるいは記号に過ぎないロールスロイスやヴィトンのバッグがその実力を遺憾なく発揮するというのも、偶然から生まれた必然といえるかもしれない。そして、主人公たちも奇妙な偶然の積み重ねのなかで、彼らの必然を見出していくことになる。

《参照/引用文献》
『灰の中から―サダム・フセインのイラク』アンドリュー・コバーン&パトリック・コバーン●
神尾賢二訳(緑風出版、2008年)

(upload:2014/01/10)
 
 
《関連リンク》
『世界にひとつのプレイブック』 レビュー ■
デイヴィッド・O・ラッセル・インタビュー 『ハッカビーズ』 ■
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