監督のコットが旧ソ連で実際に起きた出来事にインスパイアされて作り上げたこの映画では、時代や場所が特定されず、台詞もまったくない。そんなミニマルな表現は、水面下でなにが進行していたかだけではなく、より深遠な神話的世界を想像させる。
特に注目したいのは、少女と大地、生命を象徴するような1本の木、溝を流れる水などの結びつきだ。ロシアでは、キリスト教化され父権制が支配的になる以前に、母なる大地に根ざし、女性原理に基づくアニミズム的な信仰の世界が存在した。ロシア文化史の研究者ジョアンナ・ハッブズの『マザー・ロシア――ロシア文化と女性神話』では、ロシアの原初的な女神について以下のように綴られている。
「ルサルカ、魔女ヤガー婆、母なる大地としてのロシアの偉大なる女神の姿を再構成するために、我々はその伝統的な太古の役割のそれぞれを通して彼女をたどることになる。彼女は動物の女王であり、炉辺のクランの母であり、社会グループの源泉で中心である。また、生命の木として表されるように、大地と水と植物の支配者であり、そのすべての勢力圏とともに地下世界と天上の女王であり、そして、天候の統制者である。どの機能にあっても、女性は女神の女司祭である」
コット監督は、同じロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフと同じように、自然のなかの営みに神話的な世界を見出している。この映画では、女司祭としての少女や生命の木の世界と、男性によって主導され、自然を一瞬にして変えてしまう巨大な力が巧妙に対置されている。
そして、時代や場所が特定されていないからこそ、後者をロシア正教と結びついたプーチンの帝国に置き換えてみることもできる。詩情だけではなく、そんな想像も可能にするところに、この映画の魅力がある。 |