草原の実験
Ispytanie / Test Test (2014) on IMDb


2014年/ロシア/カラー/96分/スコープサイズ/
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(初出:「CDジャーナル」2015年10月号)

 

 

言葉で説明されることを拒む美しく深遠な映像世界
あるいは現代ロシアの現実を想起させる神話的世界

 

[ストーリー] その少女は、大草原にポツンと立つ小さな家で父親と暮らしていた。家の前には家族を見守る一本の樹。毎朝、どこかへと働きにでかける父親を見送ってはその帰りを待つ少女。壁に世界地図が貼られた部屋でスクラップブックを眺め、遠い世界へ思いを馳せながらも、繰り返される穏やかな生活にささやかな幸せを感じていた。

 地元の少年が少女に想いを寄せる。どこからかやってきた金髪の少年もまた、美しい彼女に恋をする。3人のほのかな三角関係。そんな静かな日々に突如、暗い影がさしてくる――。[プレスより]

 ロシアの新鋭アレクサンドル・コットが、旧ソ連で実際に起きた出来事にインスパイアされて作り上げた終末的世界。台詞のないドラマでは、平穏な生活のなかに不穏な空気が漂いはじめ、カタストロフィへと向かっていきます。そんな世界が浮かび上がってくるため、家族を見守る一本の樹をめぐるイメージは、タルコフスキーの『サクリファイス』を連想させます。音楽を手がけているのは、現代ロシア音楽界を代表する作曲家/ヴァイオリニストのアレクセイ・アイギです。

[以下、本作のレビューになります]

 ロシアの新鋭アレクサンドル・コットの『草原の実験』では、大草原にポツンと建つ家で父親と暮らす少女を中心に物語が展開していく。彼女は毎朝どこかへと働きに出かける父親を見送り、その帰りを待つ。やがて地元の少年と遠方からやって来た金髪の少年が彼女に想いを寄せるようになる。だが、彼らの世界にはカタストロフィが迫りつつある。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   アレクサンドル・コット
Alexander Kott
撮影 レヴァン・カパネーゼ
Levan Kapanadze
編集 カロリーナ・マチエーフスカ
Karolina Maciejewska
音楽 アレクセイ・アイギ
Alexei Aigui
 
◆キャスト◆
 
ジーマ   エレーナ・アン
Elena An
マクシム ダニーラ・ラッソマーヒン
Danila Rassomakhim
トルガ カリーム・パカチャコーフ
Karim Pakachakov
カイスィン ナリンマン・ベクブラートフ=アレシェフ
Narinman Bekbulatov-Areshev
-
(配給:ミッドシップ)
 

 監督のコットが旧ソ連で実際に起きた出来事にインスパイアされて作り上げたこの映画では、時代や場所が特定されず、台詞もまったくない。そんなミニマルな表現は、水面下でなにが進行していたかだけではなく、より深遠な神話的世界を想像させる。

 特に注目したいのは、少女と大地、生命を象徴するような1本の木、溝を流れる水などの結びつきだ。ロシアでは、キリスト教化され父権制が支配的になる以前に、母なる大地に根ざし、女性原理に基づくアニミズム的な信仰の世界が存在した。ロシア文化史の研究者ジョアンナ・ハッブズの『マザー・ロシア――ロシア文化と女性神話』では、ロシアの原初的な女神について以下のように綴られている。

「ルサルカ、魔女ヤガー婆、母なる大地としてのロシアの偉大なる女神の姿を再構成するために、我々はその伝統的な太古の役割のそれぞれを通して彼女をたどることになる。彼女は動物の女王であり、炉辺のクランの母であり、社会グループの源泉で中心である。また、生命の木として表されるように、大地と水と植物の支配者であり、そのすべての勢力圏とともに地下世界と天上の女王であり、そして、天候の統制者である。どの機能にあっても、女性は女神の女司祭である」

 コット監督は、同じロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフと同じように、自然のなかの営みに神話的な世界を見出している。この映画では、女司祭としての少女や生命の木の世界と、男性によって主導され、自然を一瞬にして変えてしまう巨大な力が巧妙に対置されている。

 そして、時代や場所が特定されていないからこそ、後者をロシア正教と結びついたプーチンの帝国に置き換えてみることもできる。詩情だけではなく、そんな想像も可能にするところに、この映画の魅力がある。

《参照/引用文献》
『マザー・ロシア――ロシア文化と女性神話』ジョアンナ・ハッブズ●
坂内徳明訳(青土社、2000年)

(upload:2015/10/28)
 
 
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