その男、凶暴につき
Violent Cop


line

【PAGE-2】

BACK


 浮浪者襲撃で少年たちのマスクや武器をたったひとつのサッカーボールに置き換えることから世界を変える北野の着眼点には鋭いものがあるが、 この映画でそのサッカーボールに負けず劣らずすごいのが野球のバットだろう。それは、我妻たちが麻薬所持の疑いのある男のマンションにガサ入れを行う場面だ。 格闘の末にマンションを逃げだした男は、見張りに立っていた刑事と格闘になり、野球少年たちが路上に放置していたバットで刑事の頭を叩き割る。 転がっていたバットが凶器に変貌するというのは必ずしも珍しくない。しかしここでも北野の逆しまの発想が強烈な効果を見せることになる。

 このガサ入れにおけるアクションは、男の部屋のなかでの格闘で始まり、我妻が車で男を轢くことによって終わる。 本来ならばこの起点と終点の場面は、緊迫した演出をしたくなるところであるが、起点では刑事たちが折り重なって倒され、我妻もそれを見て笑っているようにユーモラスなものに変えられ、 終点でも我妻が男を二度轢くという笑いを誘う演出がほどこされている。野球のバットが凶器に変わる瞬間というのは、その中間に置かれ、スローモーションも交えて生々しく描きだされる。 北野監督は、人の先入観から緊迫するであろうと思われる場面を肩透かしを食わすような笑いでかわし、その狭間に平凡な日常に潜む凄まじい暴力性を浮き彫りにしてしまうのである。

 ちなみに、このバット一本のなかに潜む暴力性は、二作目の『3−4×10月』にも垣間見ることができる。この映画の前半部分には、まったく冴えない主人公雅樹が奮起して素振りを始める場面がある。 キャメラはその素振りを執拗にとらえるのだが、この素振りには不気味な怖さがある。この主人公は、三塁コーチになってもモノのようにただ立っているだけで、球拾いをするくらいしか役に立たない。 彼は野球のルールというものを把握していない。その場の約束事を踏まえていないそんな人間が、ただ黙々と素振りする姿というのは、じっと見つめているだけで異様な空気が漂ってくる。 ルールがなければ、バットはただの凶器以外のなにものでもないのだ。『その男、凶暴につき』のバットは、そんな眼差しの起点として留意しておくべきだろう。

 
 
 
 



 ■■脆弱な日常が払拭されたあとで、映画に残るものとは■■

 北野は、こうして野沢の脚本から背景や人物を象徴するようなディテールを排除しつつも、あくまでその骨格を維持していく。その結果として映画に刻み込まれるものは何なのか。 先入観によって構築された日常のドラマを払拭したあとに残るのは、登場人物たちが死に至るまでの時間の流れである。

 これは映画のなかで十分に意識されている。最も印象的なのは、我妻が潜伏する売人の酒井に出会うところから始まる時間の流れだ。 我妻はドヤに潜伏していた酒井から殺し屋である清弘の話を聞きだし、ドヤを後にする。その後映画は、我妻が夜の街を歩きつづける姿を延々と映しだす。 我妻は歩道橋の階段で反対方向からやってきた清弘とすれ違い、なおも歩きつづける。そして突然きびすを返し、ドヤの近くで酒井の無惨な死体を発見する。 この一連の映像には酒井が死に至るまでの時間が冷徹に刻み込まれている。

脚本からすれば、我妻と清弘が似た者同士で、それゆえにお互いに引き付け合うといった展開があるわけだが、この映画を観てしまうとそういう表現はひどく虚しく感じられる。 彼らは、他の登場人物たちが死に至る時間の流れのなかで、その肉体というか、存在の強度だけが際立っていく。そして、似たもの同士であるとか、相手がどうのという感情などはもうどうでもよくなり、 彼らの肉体の運動は、揺るぎない時間原則と決着をつけざるをえない飽和点が迫りつつあることだけを物語る。だから、黒幕の仁藤などは、自分の話を終える前に我妻に銃弾をぶち込まれるしかないのだ。

 この映画と以後の北野作品では、この時間原則に対する意識が違う。北野のように物語や言葉がまとう表層的な意味を排除し、かつ死にこだわろうとすれば、 当然のことながら揺るぎない時間原則と対峙しなければならなくなる。この映画で北野はそんな時間原則を正面からとらえている。ではこれ以後の作品はといえば、自己のスタイルを守りつつ、 この時間と空間をたわませ、どこまで死を異なる位相でとらえることができるかという命題に挑戦しているということになる。 そういう意味で、この『この男、凶暴につき』は北野作品のなかで特異な映画なのである。

【PAGE-2】
 
 
《関連リンク》
サバービアの憂鬱――アメリカン・ファミリーの光と影 ■
北野武――北野映画、『アウトレイジ』までの軌跡 ■
キッズであることのリアリティとは
――『KIDS』と『キッズ・リターン』をめぐって
■
北野武 『アキレスと亀』 レビュー ■

 
 
 
amazon.co.jpへ●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp