ゼロ・ダーク・サーティ
Zero Dark Thirty


2012年/アメリカ/カラー/158分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
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(初出:Into the Wild 2.0 | 大場正明ブログ)

 

 

実話に基づく緊迫感に満ちたビンラディン追跡劇は
CIAにおける女性の立場の変化を象徴するドラマでもある

 

 キャスリン・ビグローの『ゼロ・ダーク・サーティ』のヒロインは、20代のCIA分析官マヤだ。情報収集と分析に鋭い感覚を持つ彼女は、ビンラディン捜索に巨額の予算をつぎ込みながら、一向に手がかりをつかめない捜索チームに抜擢される。だが捜査は困難を極め、その間にも世界中でアルカイダのテロにより多くの血が流されていた。

 そんなある日、仕事への情熱で結ばれていた同僚が、自爆テロに巻き込まれて死亡する。そのとき、マヤのなかの何かが一線を超える。もはや使命ではなく狂気をはらんだ執念で、ターゲットの居場所を絞り込んでいくマヤ。ついに彼女は隠れ家を発見するが――。

 この映画のプロダクション・ノートによれば、ビグローと脚本家のマーク・ボールは、2006年にトラボラで失敗したビンラディン捕縛作戦についての映画を企画していたという。その後、彼らは『ハート・ロッカー』を完成させ、2011年に新作の製作に入ったが、5月1日にビンラディンが殺害されたためにその企画はボツになり、一からやり直すことになった。

 このトラボラの捕縛作戦に対してビグローとボールがどんな関心を持っていたのかというのも気になる。かなり興味深い題材だと思う。アメリカは圧倒的な空軍力でタリバンを叩き、トラボラでビンラディンは袋のねずみ同然になっていた。ところがなぜか大規模な地上軍の投入は見送られ、みすみす取り逃がすことになった。

 地上軍の態勢が整っていなかったわけではない。たとえば、ピーター・L・バーゲンの『Manhunt:The Ten-Year Search for Bin Laden from 9/11 to Abbottabad』によれば、すぐに投入できる兵が約2000人待機し、さらにカンダハール近郊やウズベキスタンにもそれぞれ1000を越える兵が待機し、ノースカロライナでもトラボラに飛ぶために態勢が整えられていた。当時もブッシュ政権はビンラディンを捕らえる気がないのではないかという疑問の声が上がっていた。

 脅威が残るほうが将来的なアメリカの国益に繋がると考えて、あえてビンラディンを泳がせたと疑われても仕方がない。もっともブッシュ大統領は捕縛作戦が行われているさなかに、イラクへの戦争計画を立案せよという指示を出して、フランクス中央軍司令官を唖然とさせていたようなので、関心がフセインに移っていたとも考えられる。

 そういうところを突くような映画を考えていたのだとしたら、ビンラディン殺害後でも意味が失われるわけではないだろう。


◆スタッフ◆
 
監督/製作   キャスリン・ビグロー
Kathryn Bigelow
脚本/製作 マーク・ボール
Mark Boal
撮影 グリーグ・フレイザー
Greig Fraser
編集 ディラン・ティチェナー、ウィリアム・ゴールデンバーグ
Dylan Tichenor, William Goldenberg
音楽 アレクサンドル・デスプラ
Alexandre Desplat
 
◆キャスト◆
 
マヤ   ジェシカ・チャステイン
Jessica Chastain
ダニエル ジェイソン・クラーク
Jason Clarke
ジェシカ ジェニファー・イーリー
Jennifer Ehle
ジョセフ・ブラッドリー カイル・チャンドラー
Kyle Chandler
ラリー エドガー・ラミレス
Edger Ramirez
ジョージ マーク・ストロング
Mark Strong
パトリック ジョエル・エドガートン
Joel Edgerton
ジャスティン クリス・プラット
Chris Pratt
CIA長官 ジェームズ・ガンドルフィーニ
James Gandolfini
-
(配給:ギャガ)
 
デル株式会社

 いずれにしても、その企画がボツになったことで、ビグローとボールは新しいテーマを獲得したといえる。『ゼロ・ダーク・サーティ』のキャッチフレーズは「ビンラディンを追い詰めたのは、ひとりの女性だった――」だが、これは微妙にズレている気がする。確かにジェシカ・チャステインが演じるマヤにはモデルがいるのだろうが、そのモデルを反映しただけのキャラクターには見えない。

 先述したピーター・L・バーゲンの『Manhunt』で言及されているように、ビンラディンの捜索では、実際にCIAの女性情報分析官たちが重要な役割を果たした。というよりもそれ以前から、CIAという組織における女性の立場や役割が変化していた。情報戦の比重が大きくなった現代では、性別や体力の違いなど問題にならない。この映画ではあえてマヤの背景をぼかすことによって、彼女が象徴的な存在になっている。

 ちなみに、ジェイソン・ボーン三部作では、CIAのなかの男性と女性の間に一線が引かれ、後半に進むにしたがって、ニッキー・パーソンズ(ジュリア・スタイルズ)やパメラ・ランディ(ジョアン・アレン)という女性キャラクターが次第に際立つようになり、ボーンをサポートしていくところが実に興味深かった。

 ビグローがトラボラの捕縛作戦を題材にした映画を作っていたら、こうしたテーマが浮かび上がってくることはなかっただろう。明らかに彼女にはこちらのテーマの方が相応しい。他の監督であれば、物議を醸す題材だけに、説明だか言い訳だか判然としない夾雑物を入れ込みそうだが、彼女は気持ちいいくらい潔く余計なものを捨て、緊迫感に満ちた状況を積み重ね、一点突破で凄まじいダイナミズムを生み出している。

《参照文献》
“Manhunt: The Ten-Year Search for Bin Laden--from 9/11 to Abbottabad”
by Peter L. Bergen●

(Broadway Books)

(upload:2014/01/14)
 
 
《関連リンク》
キャスリン・ビグロー 『ハート・ロッカー』 レビュー ■
ローレンス・ライト 『倒壊する巨塔』 レビュー ■
ポール・ハギス 『告発のとき』 レビュー ■
ケン・ローチ 『ルート・アイリッシュ』 レビュー ■
ポール・グリーングラス 『グリーン・ゾーン』 レビュー ■

 
 
 
 
 
 
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