キャスリン・ビグローの『ゼロ・ダーク・サーティ』のヒロインは、20代のCIA分析官マヤだ。情報収集と分析に鋭い感覚を持つ彼女は、ビンラディン捜索に巨額の予算をつぎ込みながら、一向に手がかりをつかめない捜索チームに抜擢される。だが捜査は困難を極め、その間にも世界中でアルカイダのテロにより多くの血が流されていた。
そんなある日、仕事への情熱で結ばれていた同僚が、自爆テロに巻き込まれて死亡する。そのとき、マヤのなかの何かが一線を超える。もはや使命ではなく狂気をはらんだ執念で、ターゲットの居場所を絞り込んでいくマヤ。ついに彼女は隠れ家を発見するが――。
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この映画のプロダクション・ノートによれば、ビグローと脚本家のマーク・ボールは、2006年にトラボラで失敗したビンラディン捕縛作戦についての映画を企画していたという。その後、彼らは『ハート・ロッカー』 を完成させ、2011年に新作の製作に入ったが、5月1日にビンラディンが殺害されたためにその企画はボツになり、一からやり直すことになった。
このトラボラの捕縛作戦に対してビグローとボールがどんな関心を持っていたのかというのも気になる。かなり興味深い題材だと思う。アメリカは圧倒的な空軍力でタリバンを叩き、トラボラでビンラディンは袋のねずみ同然になっていた。ところがなぜか大規模な地上軍の投入は見送られ、みすみす取り逃がすことになった。
地上軍の態勢が整っていなかったわけではない。たとえば、ピーター・L・バーゲンの『Manhunt:The Ten-Year Search for Bin Laden from 9/11 to Abbottabad』によれば、すぐに投入できる兵が約2000人待機し、さらにカンダハール近郊やウズベキスタンにもそれぞれ1000を越える兵が待機し、ノースカロライナでもトラボラに飛ぶために態勢が整えられていた。当時もブッシュ政権はビンラディンを捕らえる気がないのではないかという疑問の声が上がっていた。
脅威が残るほうが将来的なアメリカの国益に繋がると考えて、あえてビンラディンを泳がせたと疑われても仕方がない。もっともブッシュ大統領は捕縛作戦が行われているさなかに、イラクへの戦争計画を立案せよという指示を出して、フランクス中央軍司令官を唖然とさせていたようなので、関心がフセインに移っていたとも考えられる。
そういうところを突くような映画を考えていたのだとしたら、ビンラディン殺害後でも意味が失われるわけではないだろう。