ラストナイト・イン・ソーホー
Last Night in Soho


2021年/イギリス/英語/カラー/118分
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(初出:)

 

 

60年代ロンドン・ソーホー地区の夢と悪夢
ジャッロ映画に触発され、
『黒水仙』が透けて見えるサイコホラー

 

[Introduction] 『ショーン・オブ・ザ・デッド』、『ホットファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』、『ベイビー・ドライバー』のエドガー・ライト監督の新作。ヒロインのエロイーズとサンディは、ロンドン・ソーホー地区の異なる時代に存在し、ある恐ろしい出来事によって、それぞれが抱く“夢”と“恐怖”がシンクロしていく。エロイーズを『ジョジョ・ラビット』『オールド』などに出演し、活躍目覚ましいトーマシン・マッケンジー、サンディを「クイーンズ・ギャンビット」で脚光を浴びたアニャ・テイラー=ジョイが演じる。エドガー・ライト監督が60年代ロンドンのファッション、音楽、そしてホラー映画への愛を込めて贈るタイムリープ・サイコ・ホラー。(プレス参照)

[Story] ファッションデザイナーを夢見るエロイーズは、ロンドンのデザイン学校に入学する。しかし同級生たちとの寮生活に馴染めず、ソーホー地区の片隅で一人暮らしを始めることに。新居のアパートで眠りに着くと、夢の中で60年代のソーホーにいた。そこで歌手を夢見る魅惑的なサンディに出会うと、身体も感覚も彼女とシンクロしていく。夢の中の体験が現実にも影響を与え、充実した毎日を送れるようになったエロイーズは、タイムリープを繰り返していくが、夢の中でサンディが殺されるところを目撃し、その日を境に現実の世界に謎の亡霊が現れ始め、徐々に精神を蝕まれていく。

[以下、本作の短いレビューになります]

 エドガー・ライト監督の新作は、これまでの作品とはだいぶ趣を異にしている。まず印象に残るのは、ジャッロ映画の影響だろう。ライトがジャッロ映画にどのような関心を持っていたのかはぜひ知りたいところだが、プレスには、彼のインタビューも含めてほとんど触れられていなかった。

 そこで少し調べてみたら、このインタビュー記事「EXCLUSIVE INTERVIEW: THE CREATORS OF “LAST NIGHT IN SOHO” ON GIALLO INFLUENCES, THE MUSIC OF FEAR AND MORE | RUE MORGUE」がとても参考になった。

 ライトは何年もダリオ・アルジェントを筆頭にジャッロ映画を掘り下げてきたが、それだけでなくジャッロ映画にインスピレーションをもたらした映画にも興味を持った。イタリアのジャッロ・ムーヴメントは、アルフレッド・ヒッチコックやマイケル・パウエルの作品を独自に解釈したものであり、脚本を書くにあたってそうしたイギリス映画にまでさかのぼった。

 マリオ・バーヴァやダリオ・アルジェントの色使いについて、ライトは、彼らにインスピレーションをもたらしたもののひとつが、パウエルとエメリック・プレスバーガーの『黒水仙』だったと考える。『黒水仙』は、本作とプロットが重なるわけではないが、なぜ誰もが奇妙な振る舞いを見せるようになるのか、彼らは本当に取り憑かれているのか、単に高地のせいなのか、その曖昧さにつながりがあるという。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/製作   エドガー・ライト
Edgar Wright
脚本 クリスティ・ウィルソン=ケアンズ
Krysty Wilson-cairns
撮影監督 チョン・ジョンフン
Chung-hoon Chung
編集 ポール・マクリス
Paul Machliss
音楽 スティーヴン・プライス
Steven Price
 
◆キャスト◆
 
エロイーズ   トーマシン・マッケンジー
Thomasin Mckenzie
サンディ アニャ・テイラー=ジョイ
Anya Taylor-Joy
ジャック マット・スミス
Matt Smith
ミス・コリンズ ダイアナ・リグ
Diana Rigg
ジョン マイケル・アジャオ
Michael Ajao
銀髪の男 テレンス・スタンプ
Terence Stamp
-
(配給:パルコ / ユニバーサル映画)
 

 その『黒水仙』との結びつきについてはまた後で触れることにして、本作では撮影監督に、『オールド・ボーイ』『親切なクムジャさん』から『イノセント・ガーデン』や『お嬢さん』までずっとパク・チャヌクと組んできたチョン・ジョンフンが起用されていることも見逃せない。ライトがいくらジャッロ映画やパウエル&プレスバーガーにインスパイアされたとしても、彼の存在がなければ、60年代のソーホー地区をこのように夢と悪夢として鮮烈に描き出すことはできなかっただろう。

 そして、もうひとつの大きな違いが、エロイーズとサンディという女性が主人公になり、60年代の女性シンガーの曲が多用されていること。ジャッロ映画やパウエル&プレスバーガーに触発された作品であれば、女性が主人公になるのも当たり前と思いたくなるが、たまたま目にしたインタビュー記事「‘Last Night in Soho’: Why Edgar Wright Hired a Researcher to Uncover Stories of Sexual Assault in Showbiz | Indie Wire」を読んで、実はそれほど単純ではないことを知った。

 この記事によれば、本作の種は、10年以上前にライトが、イングリッド・ピットからラクエル・ウェルチまでハマー・フィルムのホラー映画を彩った女優たちを網羅したヴィジュアル本「Hammer Glamour: Classic Images From the Archive of Hammer Films」を贈られたときに蒔かれた。彼は、4分の1ほどの女優のバイオが悲劇で終わり、短いキャリアにとどまっていることに衝撃を受けた。性的搾取によって人生を破壊された女性たちに関心を持った彼は、リサーチのプロに、当時ソーホーに暮らし、働いていた女性たちの調査を依頼した。

 本作は特定の人物がモデルになっているわけではないが、そうしたリサーチが土台になっている。ライトが共同脚本に、『1917 命をかけた伝令』の脚本を手がけたクリスティ・ウィルソン=ケアンズを起用したのも、そうした題材と無関係ではない。彼女はかつてソーホーのストリップクラブがある界隈に住み、女性バーテンダーとして働き、日常的に女性蔑視を目撃していた。脚本には、そうした彼女の経験も反映されている。

 ライトはこうした要素を結びつけ、独自の世界を切り拓いているが、『黒水仙』の影響は意外に大きいのではないかと思える。『黒水仙』では、修道女たちがヒマラヤ山麓の寂れた村に赴き、断崖に建つ古い宮殿に、修道院/学校/病因をつくろうとする。宮殿は、以前は現将軍の父親のハーレムだったが、現将軍は風を避けて谷に暮らし、いまではすっかり老朽化し、管理人として女性がひとりで暮らし、彼女の他には過去の亡霊たちが住むのみと説明される。そんな世界で、修道女たちの信仰が次第に揺らぎ、妄執にとらわれていく。本作には、そんな『黒水仙』の世界が透けて見えるように思える。

《参照/引用文献》
EXCLUSIVE INTERVIEW: THE CREATORS OF “LAST NIGHT IN SOHO” ON GIALLO INFLUENCES, THE MUSIC OF FEAR AND MORE by Michael Gingold●
(RUE MORGUE; Oct 28, 2021)
‘Last Night in Soho’: Why Edgar Wright Hired a Researcher to
Uncover Stories of Sexual Assault in Showbiz by Eric Kohn●

(Indie Wire, Oct 28, 2021)

(upload:2021/12/07)
 
 
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