オール・イズ・ロスト〜最後の手紙〜
All is Lost  All Is Lost
(2013) on IMDb


2013年/アメリカ/カラー/106分/スコープサイズ/ドルビーデジタル
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(初出:「映画.com」2014年3月4日更新、若干の加筆)

 

 

インド洋上の孤独なサバイバル
男はすべてを失うとき、なにかを悟る

 

[ストーリー] 人生の晩年を迎えたその男は自家用ヨットを駆りインド洋を航海していた。しかし、突然ヨットが海上の浮遊物に衝突するという事故に見舞われ運命が一変する。始まりは浸水、そして無線の故障、さらに悪天候……自分はいまどこにいるのか? 食糧は、飲料水はもつのか? そして何よりも助けはやってくるのだろうか? 嵐と闘い、飢えや渇きと闘い、孤独と闘う日々。時間の経過とともに生存の望みは薄れ、運命に見放されようとしたとき、男は初めて自分自身の本当の気持ちと向き合う事になる。そして、一番大切な人に向けて読まれるかどうかもわからない手紙に、偽りのない気持ちをつづり始める……。(『オール・イズ・ロスト』プレスより)

 インド洋上を単独航海する自家用ヨットが漂流するコンテナに衝突し、人生の晩年を迎えた男の運命が一変する。舞台は大海原で、登場人物は一人だけ。台詞もほとんど無きに等しい。アメリカの新鋭J・C・チャンダーが監督した『オール・イズ・ロスト』は、情報や演出を削ぎ落とし、シンプルを極めたドラマのように見えるが、脚本にはこの監督の洞察や計算が巧妙に埋め込まれている。

 そんな独自の視点は、ロバート・ゼメキスの『キャスト・アウェイ』やアン・リーの『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』と比較してみるとより明確になるだろう。2本の映画の主人公は、絶望のなかに一人で取り残される恐怖から逃れるためにバレーボールやトラという他者を必要とする。もちろん、絶望的な状況の長さも違うし、現実とファンタジーという違いもあるので、単純に比較することはできないが、それでも明らかにチャンダー監督は、バレーボールのような他者を使わない演出や内面のドラマを強く意識している。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   J・C・チャンダー
J.C. Chandor
撮影 フランク・G・デマルコ
Frank G. Demarco
水中撮影 ピーター・ズッカリーニ
Peter Zuccarini
編集 ピート・ボドロー
Pete Beaudreau
音楽 アレックス・イーバート
Alex Ebert
 
◆キャスト◆
 
我らの男(Our Man)   ロバート・レッドフォード
Robert Redford
-
(配給:ポニーキャニオン)
 

 ロバート・レッドフォードが演じる“我らの男”はタイトルが示唆するように最終的にすべてを失うが、それまでには手元に何を残すかという選択がある。彼は激しい嵐で大破したヨットから救命ボートに乗り移るときに、水没した船室に潜って、封も切られていないある箱を持ち出す。中身は六分儀で、説明書を読む姿からそれを使ったこともないことがわかる。もはや漂流状態で、無線も失っているのに、六分儀で現在地を確認してどうするというのか。

 そこで思い出すのが、大海原がインド洋であることだ。ジャーナリスト、ロバート・D・カプランの著書『インド洋圏が、世界を動かす』には、以下のような記述がある。

ジェット機が飛ぶ情報化時代の現在でも、世界の商船の九〇パーセントと、世界の石油関連物資の三分の二は、海を通っている。つまりグローバル化とは、結局のところコンテナ輸送に依存しているのであり、その世界のコンテナの半分は、インド洋を通過しているのだ。さらに言えば、中東から太平洋近隣まで広がるインド洋のリムランドでは、全世界の石油関連製品の実に七〇パーセントが通過している

 そんな海域であれば、中国製のスニーカーを積んで漂うコンテナに衝突することもあるかもしれないが、同時に航路も存在する。この男は絶望的な状況のなかで、感情を表に出すこともなく、ハンターのように救命ボートが近くの航路を横切るタイミングに備えようとする。

 おそらくこの男は、これまで人の力というものを信じて人生を切り拓いてきたに違いない。そんな彼にとっては、手紙が物語るように自分の限界を知ったときがすべてを失ったときになるが、世界は人の力だけで動いているわけではない。男は本当にすべてを失うとき、なにかを悟ることになる。

《参照/引用文献》
『インド洋圏が、世界を動かす』 ロバート・D・カプラン●
奥山真司・関根光宏訳(インターシフト、2012年)

(upload:2014/04/21)
 
 
《関連リンク》
J・C・チャンダー 『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』 レビュー ■
アレックス・イーバート
『オール・イズ・ロスト〜最後の手紙:OST』 レビュー
■
ロバート・D・カプラン 『インド洋圏が、世界を動かす』 レビュー ■

 
 
 
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