ニノの空
Western


1997年/フランス/カラー/125分/スコープ/ドルビーSR
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(初出:「ニノの空」劇場用パンフレット、若干の加筆)

 

 

新しいフランスを探す「西」への旅

 

 現代のフランス社会にとって移民やマイノリティの存在を無視することができないのは、昨年、世界を熱狂させたサッカーのワールド・カップを見ても明らかだろう。頂点に立ったフランス・チームでは、アルジェリア系のジダンを筆頭に移民の血を引く選手たちの活躍が際立っていた。

 最近のフランス映画でも、移民とか故郷を離れたり喪失したりした異邦人を主人公にした映画が目立っている。マチュー・カソヴィッツ監督の『カフェ・オ・レ』では、ユダヤ系、アフリカ系、アンティール系の混血という人種の異なる男女の三角関係が描かれ、『憎しみ』では、パリ郊外の低家賃住宅に押し込まれたアフリカ系、アラブ系、 ユダヤ系の若者たちの二十四時間の出来事が描かれる。

 クレール・ドゥニ監督の『パリ、18区、夜。』では、リトアニアからパリにやって来た娘の視点を通して移民が多く暮らす地区の人間模様がクールに映しだされる。ロム(ジプシー)系のトニー・ガトリフ監督の『モンド』では、異邦人である少年に対する町の住人たちの感情や空気の変化が繊細に描かれ、 新作の『ガッジョ・ディーロ』では、ロムの村を舞台にドラマが展開していく。

 こうした映画からは、移民や異邦人をめぐる様々な状況が見えてくる。たとえば、カソヴィッツの『憎しみ』では、自分の意思で労働力を求めるフランスにやって来た両親の世代に対して、選択の自由もなくそこで生まれ、両親の祖国にもフランスにも帰属意識を持つことができない若い世代のジレンマが、具体的に浮き彫りにされている。 一方、ガトリフの『モンド』では、無垢な少年の世界を詩的に描いた映画のように見えながら、風向きひとつで異邦人に対する感情が変化するような世界に対する危機感が暗示されている。

 マニュエル・ポワリエ監督の『ニノの空』も異なる人種や故郷を喪失した異邦人を描く映画だが、この作品では、ニノとパコという主人公を見つめる監督の世界観というものが、またひと味違う魅力を放っている。

 ニノとパコは、奇妙な成り行きでそれぞれに愛をめぐって宙吊り状態のような立場となり、そこから始まる旅には、彼らの微妙な感情が滲みだしてくる。かつて婚約者に裏切られ故郷を捨てざるを得なくなったニノは、愛する者と安住の地を求めて彷徨う。仕事を失ったパコは、マリネットに対する答を出すためにニノに付き合い、西へと向かう。 ふたりは、アフリカ系のバチストなど様々な人物に出会い、体験を共有し、次第に絆を深めていく。しかし、こと恋人探しに限ればニノには辛い日々がつづき、パコの協力も裏目に出ることが少なくない。しかしナタリーに出会ったとき、そんなふたりの立場が逆転する。


◆スタッフ◆

監督/脚本
マニュエル・ポワリエ
Manuel Poirier
脚本 ジャン=フランソワ・ゴイエ
Jean-Fransois Goyet
編集 ヤン・デデット
Yann Dedet
製作 モーリス・ベルナール
Maurice Bernart
音楽 ベルナルド・サンドヴァル
Bernard Sandoval

◆キャスト◆

パコ
セルジ・ロペス
Sergi Lopez
ニノ サッシャ・ブルド
Sacha Bourdo
マリネット エリザベート・ヴィタリ
Elisabeth Vitali
バチスト バジル・シエクア
Basile Siekoua
ナタリー マリー・マテロン
Marie Matheron
 
(配給:アスミック)
 


 この逆転は、ただ単にニノにだっていつかは運が向いてくることがあるということを物語っているのではない。男を信じることができず、ひとりで子供を育てることに生き甲斐を見出しているナタリーには、男である以前にまず人間であることが伝わってくるような人物が必要だったのだ。もちろんパコも悪い人間ではない。 しかし彼は、男としての彼に惹かれる女性たちとの出会いのなかで、気づかないうちに男という枠にはまっている。逆にニノは、苛立つこともあるが、結果的に常に人間として自分を見つめつづけるしかなかったのだ。そして、ナタリーとニノ、父親が誰であるのかまったくわからないたくさんの子供たちが作る不思議な家族の光景を目にすると、 筆者にはこの映画の"Western"という原題がとても気になってくる。

 もちろんこれは、直接的には西に向かって旅をすることを意味しているが、もっと大きなイメージの広がりを感じる。映画にこのタイトルが浮かび上がれば、当然のように西部劇を思い浮かべるものだが、その西部劇の背後にある意味を考えてみると、この映画の旅はさらに興味深いものに思えてくる。 ヨーロッパから新世界アメリカに渡った移民は、西へ西へと移動しながら新しい国を築き上げた。

 そしてこの開拓史からは、ヨーロッパとは違うアイデンティティが培われていった。長い歴史を背負うヨーロッパでは伝統を継承するところからアイデンティティが切り拓かれるが、アメリカでは、伝統から遠ざかり、新しい自分を発見していくことによって、未来に向かってアイデンティティが明確になっていく。 故郷を捨て、西への旅の果てにニノが見出す安住の地、その家族の光景には、そんな未来に向かって明確になっていくアイデンティティを見ることができる。またこの映画が、フランスのなかでケルト的な土壌を堅持するブルターニュ地方を舞台にしていることも印象深いものがある。彼らの旅には、 フランス文化が決してひとつではないことを主張する土地が似合っているからだ。

 現代のフランス社会が移民の存在を無視することができないことは冒頭にも触れたが、映画『ニノの空』は、伝統を守っていくと同時に、誰もが心のなかで西への旅を体験し、新しいフランス人に目覚めていくことの大切さを物語っているのではないだろうか。


(upload:2001/01/23)
 
 
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マチュー・カソヴィッツ 『憎しみ』レビュー ■
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『隠された記憶』と『愛より強く』をめぐって
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