九月に降る風
九降風 / Winds of September  Jiu jiang feng
(2008) on IMDb


2008年/台湾=香港/カラー/107分/ヴィスタ/ドルビーSRD
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(初出:web magazine「e-days」2009年8月28日更新、若干の加筆)

 

 

見えない未来、裏切りと嘘に潜む想いと真実

 

 『藍色夏恋』や『夢遊ハワイ』、『花蓮の夏』、そしてトム・リン監督のこの『九月に降る風』。台湾から届けられる青春映画が、心に響き、長く記憶に残るように感じるのは、決して偶然ではないだろう。

 だいぶ昔のことになるが、ホウ・シャオシエン監督にインタビューして、彼の作品で子供や若者と老人の存在が際立つことについて尋ねたとき、彼はその理由のひとつとして台湾にはプロの俳優がいないことをあげていた。

 プロの俳優と呼べるような人々が香港映画、あるいはテレビの世界に移ってしまったから、台湾のニューウェイブが俳優に頼らないようなスタイルを確立したのか、ニューウェイブが広がって俳優がいなくなったのか、調べたことがないのでよくわからないが、とにかく台湾映画では、新人を発掘し、等身大の若者の姿を描き出すことが、ひとつのカラーになっている。

 そしてもうひとつ、台湾が置かれている状況も見逃せない。未来が見えない閉塞的な状況は、青春映画に独特の陰影を生み出している。たとえば、ツァイ・ミンリャン監督は、政治に関心を持ってないが、だからといって彼の映画と社会的な状況に繋がりがないわけではない。以前、ツァイ監督にインタビューしたとき、彼はそのことについてこのように語っていた。

個人の生活というのは社会と絶対に切り離せないので、社会環境の気配というのが自分の作品の気配に影響するのは間違いないと思います。それは、私が興味を持たない政治とは少し違います。政治を語るのが大好きな人が私の映画を観ると、この父親は大陸出身者であろうとか、台湾出身者を象徴しているとか、いろいろ解説を加えてくれるのですが、私自身はまったくそういうことを考えていないのです。でも、環境がどのような状態であるのかは必ず個人に影響してくるはずで、私はそれを撮っています

 たとえば、イー・ツーイェン監督の『藍色夏恋』が記憶に残るのも、そんな状況と無縁ではない。この映画は、ヒロインのモン・クーロウと親友のリン・ユエチェンが校庭で、目を閉じてそれぞれの未来を想像する場面から始まる。リン・ユエチェンは幸福な結婚生活を思い浮かべる。だが、モン・クーロウには何も見えない。それは、彼女が親友に密かに想いを寄せているからだが、それだけではないだろう。この映画では、「見えない未来」が作品全体を覆い、陰影を生み出しているからだ。

 このふたりの女子と奇妙な三角関係になるチャン・シーハオは、夜中にひとりでプールに忍び込み、泳ぎの練習をしている。そこにも、見えない未来や閉塞感を垣間見ることができる。そして、三角関係はこのプールの場面から始まる。

 『九月に降る風』の設定は1996年の夏から1997年の夏までの1年間、台北郊外の街・新竹を舞台に、学年も違う7人の問題児と問題児に恋してしまったふたりの女子という9人の高校生の友情と恋が描き出される。

 この映画にもプールが出てくる。7人の仲間たちはポケベルで連絡を取り合い、夜中に集合して学校のプールに忍び込み、全裸で泳ぐ。警備員の目をくらまし、はしゃぎまくる彼らは、閉塞感とは無縁のように見える。なぜなら彼らはプロ野球に熱中し、スター選手・寥敏雄(リャオ・ミンシュン)の活躍が希望をもたらしているからだ。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   トム・リン(林書宇)
脚本 ヘンリー・ツァイ(蔡宗翰)
撮影監督 フィッシャー・ユイ(余靜萍)
編集 チェン・シャオトン(陳暁東)
音楽 ブレア・コー(柯智豪)
プロデューサー エリック・ツァン(曾志偉)、イェ・ルーフェン(葉如芬)
 
◆キャスト◆
 
チョン・シーイェン   リディアン・ヴォーン(鳳小岳)
タン・チーチン チャン・チエ(張捷)
ホアン・ユンチン ジェニファー・チュウ(初家晴)
リー・ヤオシン ワン・ポーチエ(王柏傑)
リン・チンチャオ リン・チータイ(林祺泰)
リン・ポーチュウ シェン・ウェイニエン(沈威年)
シエ・チーション チウ・イーチェン(邱翊橙)
シェン・ペイシン チー・ペイホイ(紀培慧)
ホアン・チョンハン リー・ユエチェン(李岳承)
本人役 リャオ・ミンシュン(廖敏雄)
-
(配給:グアパ・グアポ
+アジア・リパブリック)
 

 この映画では、高校生のドラマとプロ野球界の出来事が並行して描かれる。プロ野球界では、野球賭博が明るみに出て、廖敏雄を含む主力選手たちが関与したと報じられ、世間が騒然となる。そして、微妙なバランスで関係を保っていた9人の高校生もばらばらになっていく。

 トム・リン監督は、“嘘”を通して、野球界のスキャンダルと高校生のドラマを巧みに結びつけていく。野球賭博という不正は、嘘であり、裏切りだ。一方、高校生の間にも様々な嘘があり、嘘から生まれるドラマが複雑な感情を描き出す。

 7人の仲間のひとり、ポーチューがつまらない見栄でついた嘘は、思いもよらない大事になる。その嘘のために仲間のチーションが逮捕されたとき、彼は罰を受けることが恐ろしくなり、沈黙しつづける。これまでいつも人の助言や誘いを受け入れ、周りに合わせてきたチーションは、逮捕されてはじめて頑なな一面を見せる。ポーチューの裏切りに激昂した兄貴分のヤオシンは、バットを手にして学校に殴りこむ。

 7人のリーダー格のイェンと一番の親友といえる心優しいタンの間には、もっと複雑な嘘がある。イェンの恋人ユンの家庭教師を務め、彼女に密かに想いを寄せるタンは、イェンの浮気に悩む彼女に嘘をついて、親友をかばう。だが、ビリヤード場で、イェンの浮気相手の恋人からイェンと間違えられてガラス瓶で殴られたタンは、次第に仲間から離れていく。

 この映画のラストを印象深いものにしているのも、そんなイェンとタンの間にある嘘だ。イェンは仲直りのしるしに、廖選手のサイン入りボールをタンに渡すが、その直後にふたりを悲劇が襲う。実はその仲直りのしるしには嘘がある。そして映画のラストで、タンはある場所に向かい、その嘘を真実に変えるのだ。


(upload:2010/08/27)
 
 
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