この映画では、情けないエピソードの陰で喪失の痛みがエモーショナルなもうひとつの流れを作り、最後に再びガスライト・カフェのステージに繋がっていく。しかし、そこに話を進める前に、もうひとつ見逃すわけにいかないのが、猫が果たす役割だ。
第2のオープニングで、ルーウィンがゴーファイン夫妻のマンションを出るときに、夫妻の飼い猫も飛び出し、オートロックの扉が閉まってしまう。その部屋には<Fare Thee Well (Dink’s Song)>が流れていたことを踏まえるなら、猫もルーウィンが抱える喪失の痛みと無関係ではなくなる。
実際、この先のルーウィンと猫の関係は非常に面白い。彼は仕方なく猫と行動をともにすることになるが、途中で逃がしてしまう。しかし、運よく見つけ出し、ディナーパーティのときにゴーファイン夫妻に返す。そこで先述したように、<Fare Thee Well (Dink’s Song)>にリリアンが割り込み、ルーウィンが爆発してしまう。ところがそのすぐ後に、彼が連れてきたのが、夫妻の飼い猫ではないことがわかる。であるなら、これまで猫をわずらわしく思っていた彼が、無関係な猫をすぐに街に放してもおかしくない。ところが彼はその猫を連れてシカゴに向かう。
この一連の流れには、コーエン兄弟のひねりが加えられているように思える。<Fare Thee Well (Dink’s Song)>でマイクのパートを当然のように歌おうとするリリアンは、ルーウィンから見れば偽者である。逆に、そのリリアンから偽者とされた猫に、孤立するルーウィンは奇妙な親近感を覚える。そんな猫は、ニューヨークとシカゴを往復する旅のなかで、様々な生と死のイメージと結び付けられることになる。
そして、ルーウィンと猫との関係は、ゴーファイン夫妻のマンションで締め括られる。謝罪のために夫妻を訪ねた彼は、飼い猫が自力で戻ってきたことを知る。その翌朝、第2のオープニングと同じようにそこで目覚めた彼は、今度は外に出ようとする猫を食い止める。それはルーウィンの変化を示唆している。一週間というこの物語の時間は、ルーウィンが喪に服す時間でもあり、彼がひとりで夫妻のマンションを後にすることは、喪が明けることを意味してもいる。
再びガスライト・カフェのステージに立ったルーウィンは、<Hang Me, Oh Hang Me>と<Fare Thee Well (Dink’s Song)>を歌うが、特に心にしみるのはやはり2曲目だ。第2のオープニングでレコードをかけるときは、ルーウィンとマイクのデュオだった。ディナーパーティのときには、リリアンが割り込んできた。しかしこのステージでは、彼がひとりで歌い切るのだ。 |