[ストーリー] なぜ大財閥の御曹司は、オリンピックの金メダリストを殺したのか
この世にも奇妙な実話は、1984年のロサンゼルス・オリンピックで金メダルに輝いたレスリング選手、マーク・シュルツに届いた突然のオファーから始まる。有名な大財閥デュポン家の御曹司ジョン・デュポンが、自ら率いるレスリング・チーム“フォックスキャッチャー”にマークを誘い、ソウル・オリンピックでの世界制覇をめざそうと持ちかけてきたのだ。
その夢のような話に飛びついたマークは破格の年俸で契約を結び、デュポンがペンシルベニア州の広大な所有地に建造した最先端の施設でトレーニングを開始する。しかしデュポンの度重なる突飛な言動、マークの精神的な混乱がエスカレートするにつれ、ふたりの主従関係はじわじわと崩壊。ついにはマークの兄で、同じく金メダリストのデイヴを巻き込み、取り返しのつかない悲劇へと突き進んでいくのだった。[プレスより]
ベネット・ミラー監督の新作『フォックスキャッチャー』の奥深い世界を堪能するためには、彼の長編デビュー作であるドキュメンタリー『クルーズ(原題)』(98)と斬新なスタイルの出発点ともいえる『カポーティ』(05)を振り返っておくべきだろう。この2本の映画と新作には興味深い接点がある。
ミラー監督は、深い執着に突き動かされる人間を描き出してきた。ドキュメンタリー『クルーズ(原題)』に登場するのは、90年代にニューヨークで人気を集めたツアーバスのガイド、ティモシー・“スピード”・レヴィッチだ。彼はニューヨークに関する膨大な知識を持ち、歴史や文学、映画など多岐にわたる話題を早口でまくしたて、バスの乗客を単なる観光を超えた世界に引き込む。
しかし、ミラーが関心を持っているのは、レヴィッチの知識や話術ではなく、ニューヨークという都市に対する普通ではない執着だ。その背景には、機能不全に陥ったユダヤ系の中流家庭の問題があることが示唆されるが、ミラーはその原因を探ろうとはしない。そのかわりに、ひたすらニューヨークにのめり込み、一体になることで、自分を取り戻そうとする人間の姿を浮き彫りにする。
最初の劇映画になる『カポーティ』では、実話を題材に、深い執着に突き動かされる人間を描く独自のスタイルが確立される。この映画に描き出されるのは、殺人犯ペリー・スミスと彼を題材に傑作『冷血』を書く作家トルーマン・カポーティの関係だ。カポーティは、そのスミスとの間に築かれる信頼関係とひとつ間違えば裏切りにもなりかねない作家としての野心によって引き裂かれていく。
その苦痛をカポーティ自身はこのように語っている。「『冷血』がぼくからどれだけのものを奪ったかだれもわからないだろう」。「骨の髄までぼくを削り取ったんだ。ぼくを殺しかねなかった。ある意味では、殺したも同然だと思う。その作品にかかる前は、比較の問題だが、ぼくは安定した人間だった。そのあと何かが起こった。どうしても本が忘れられない、とくに最後の絞首刑が。ああ、身の毛がよだつ」 |