普通の人々
Ordinary People


1980年/アメリカ/カラー/124分/ヴィスタ
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(初出:『80年代アメリカ映画100』)

 

 

気づかぬうちに広がっていく、
人の目に映る自分自身と、真実の自分の溝

 

 俳優として活躍してきたロバート・レッドフォードの初監督作品『普通の人々』は、80年代の幕開けを告げるのに相応しい視点と表現を備えた傑作である。

 シカゴ郊外の緑に囲まれた閑静な高級住宅地。弁護士の父親カルビンと専業主婦の母親ベス、17歳の高校生コンラッドという三人家族の生活は一見、豊かで平穏に見える。しかし彼らはそれぞれに胸の内に空白を抱え、お互いの気持ちを探りあうような日々を送っている。というのも一家は、長男の事故死と兄の死に対する罪悪感を拭い去れない次男コンラッドの自殺未遂というふたつの悲劇に見舞われていたからだ。

 この映画には、ジュディス・ゲストの『アメリカのありふれた朝(原題:Ordinary People)』という原作がある。平凡な中流階級の主婦が初めて書いた小説で、76年に出版されてベストセラーになった。そのゲストはタイトルについて以下のように語っている。

今日では、平凡で普通の人々をよしと評価する傾向が強まってきていると思います。「普通の」とは、人並みで、正常で、調和のとれたという意味です。読者として、わたしはここ何年も、異常であること、異常な人々をもてはやすような傾向の本が氾濫していることにすくなからず腹立たしい思いを味わってきました」(『アメリカのありふれた朝』、ジュディス・ゲストのあとがき)

 原作には、激動の時代を経てもう一度普通であることの意味と価値を見直そうとする意図がある。だが、レッドフォードの関心は彼女とは違う。彼は映画化の動機について以下のように語っている。

見せかけと現実の問題に興味を引かれた。人の目に映る自分自身の姿と、自身の現実とにはかなり差があると思う。(中略)自分が大人になり旅を多くするにつれ、人々が、自分が本当は何者なのかということより、見せかけの方をもっと気にしていることに気づいた。自分の感情に正直であろうとすれば、人生を随分無駄に過ごしてきたという事実に直面せざるをえないのではないか」(『普通の人々』劇場用パンフレット)

 この映画では、見せかけと現実をめぐって主人公一家のなかで溝が広がっていく。母親は、ショッピングやパーティ、休暇旅行という郊外のコミュニティのサイクルに埋没することで、現実から逃れようとする。父親とコンラッドは、同僚や級友と距離を置き、孤立することで自己を確認し、家族と向き合っていく。

 しかし、レッドフォードが言わんとしているのは、具体的なドラマのことだけではない。主人公一家のような核家族の原点は50年代にある。その豊かで幸福な家族像はどのように作り上げられたのか。ステファニー・クーンツが書いているように、それは「ある特異な経済的、社会的、政治的要因がからまりあって一時的に生み出された歴史の偶然というべきものであった」(『家族という神話――アメリカン・ファミリーの夢と現実』)。


◆スタッフ◆

監督   ロバート・レッドフォード
Robert Redford
脚色 アルヴィン・サージェント
Alvin Sargent
原作 ジュディス・ゲスト
Judith Guest
撮影 ジョン・ベイリー
John Bailey
編集 ジェフ・カニュー
Jeff Kanew
音楽 マーヴィン・ハムリッシュ
Marvin Hamlisch

◆キャスト◆

カルヴィン   ドナルド・サザーランド
Donald Sutherland
コンラッド ティモシー・ハットン
Timothy Hutton
ベス メアリー・タイラー・ムーア
Mary Tyler Moore
バーガー ジャド・ハーシュ
Judd Hirsch
ジーニン エリザベス・マクガヴァン
Elizabeth McGovern

(配給:パラマウト=CIC)
 

 つまり、戦勝国の特権的地位、大量消費のライフスタイル、テレビのホームドラマ、都市が抱える人種差別や犯罪、冷戦や核の脅威など、外的な要因ばかりで、家族の実態はまったく漠然としていた。見せかけと現実の問題はまさにそこから派生している。

 では、なぜ『普通の人々』とそんな核家族の原点を結びつけて考える必要があるのか。この映画が公開された翌年の1月にレーガンが大統領に就任し、“家族の価値”を標榜し、再び見せかけを利用しようとするからだ。この映画は時代の流れに対する警鐘でもあり、その精神は、サム・メンデスの『アメリカン・ビューティー』(99)やトッド・ヘインズの『エデンより彼方に』(02)に確かに引き継がれている。

《参照/引用文献》
『アメリカのありふれた朝』ジュディス・ゲスト●
大沢薫訳(集英社文庫、1981年)
『家族という神話――アメリカン・ファミリーの夢と現実』ステファニー・クーンツ●
岡村ひとみ訳(筑摩書房、1998年)

(upload:2014/10/01)
 
 
《関連リンク》
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