インディペンデント映画の先駆者ジョン・カサヴェテスと大女優ジーナ・ローランズを両親に持つゾエ・カサヴェテス。『ブロークン・イングリッシュ』は、TV番組やCM、PV、短編映画で経験を積み上げてきた彼女が、4年をかけて完成させた監督デビュー作だ。
ニューヨークのホテルで働く30代独身のノラは、男運が悪いのか、パートナーと巡り合えない。そんな彼女の前に、情熱的なフランス人のジュリアンが現れる。だが、傷つくことを恐れる彼女が、自分に正直になりかけたとき、彼はパリに帰ってしまう。
ジョンの長男であるニック・カサヴェテスの監督デビュー作の『ミルドレッド』や二作目の『シーズ・ソー・ラヴリー』を観たときには、カサヴェテス・ファミリーであることの凄みを感じた。
そして、ジョンの作品と同じように、ホワイトの『組織のなかの人間』の結びの言葉を思い出した。「組織によって提供される精神の平和は、一つの屈服であり、それがどんなに恩恵的に提供されようと、屈服であることに変わりはないのである。それが問題なのだ」。この二作品では、表面ではなく深いところで、自分が自分であることの意味が徹底的に突き詰められていた。
ゾエ・カサヴェテスの監督デビュー作には、そんな凄みが感じられない。もちろん、彼女がファミリーとはまったく違う方向を目指して映画を作ったのであれば、こんな比較をしても意味はない。だが、プレスに収められたインタビューのなかで彼女は、父親の作品に愛着を持ち、同じテーマに惹かれてきたと語っている。
そして実際、映画にもそれが表れてはいる。たとえば、ヒロインが鏡のなかの自分を見つめるオープニングは、自分が自分であることの意味を掘り下げていく作品を予感させる。彼女が仕事を辞め、住み慣れたニューヨークを離れ、パリを彷徨うところでは、予感が現実になりかける。それまでのストーリーの流れがばらけて、ただそこにある生身のヒロインの存在が浮き彫りになるような瞬間があるからだ。しかし、それは一瞬で終わってしまう。 |