ウォーターゲート事件で追い詰められ、自らホワイトハウスを去ったリチャード・ニクソン。沈黙を続けるこの元大統領から謝罪の言葉を引き出したのは、イギリス人のテレビ司会者デビッド・フロストだった。そのインタビュー番組は、4500万人の国民を釘付けにした。
ロン・ハワード監督の『フロスト×ニクソン』は、実話に基づいているが、必ずしも事実に忠実な作品というわけではない。それが端的に表れているのが、フロストのキャラクターだ。この映画に登場するフロストは、政治やニクソンのことをよく知らない軽薄で軟弱なテレビ司会者/コメディアンのように描かれている。
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イギリス出身のフロストは、60年代初頭にBBCが始めた風刺的なニュース番組「That Was the Week That Was」の司会者として一躍人気者になった。彼はこの番組のなかでしばしば時の首相ハロルド・マクミランを攻撃していたという。BBCは選挙に及ぼす政治的な影響を考慮して番組を終了させたというのだから、そこには単なる風刺以上のインパクトがあったはずだ。
そして、NBCが始めたこの番組のアメリカ版にもフロストが登場し、イギリス版のスタンスを引き継いで公民権運動や共和党の大統領候補やフルシチョフといった題材が取り上げられた。そうなるとフロストが政治に無関心だったとは考えられない。
ちなみに、映画でフロストを演じたマイケル・シーンも、プレスのインタビューのなかでこのように語っている。「このストーリーの場合は、フロストが軽んじられていることを強調しているから、彼を実際よりも軽く、虚栄心が強く、表面的な人物として描いている 」
映画のフロストのキャラクターがアレンジされているのは、インタビューをボクシングに見立て、キャラクターのコントラストを強調するためだ。
この映画には、大物エージェントのスイフティーという狡猾な“プロモーター”がいて、ニクソンの側近のブレナンとフロストのブレインのレストン、バード、ゼルニックという“セコンド”がいて、インタビューという“リング”で、超重量級のニクソンと超軽量級のフロストという対照的な選手が、駈け引きを繰り広げる。ニクソンはパワーとテクニックでフロストを手玉にとり、ねじ伏せるかに見える。だが、追い詰められたフロストは、最終ラウンドで形勢を逆転する。