フロスト×ニクソン
FROST/NIXON


2008年/アメリカ/カラー/122分/シネマスコープ/ドルビーデジタルDTS・SDDS
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(初出:「Esquire」2009年4月号、若干の加筆)

果たして勝者はどちらなのか

 ウォーターゲート事件で追い詰められ、自らホワイトハウスを去ったリチャード・ニクソン。沈黙を続けるこの元大統領から謝罪の言葉を引き出したのは、イギリス人のテレビ司会者デビッド・フロストだった。そのインタビュー番組は、4500万人の国民を釘付けにした。

 ロン・ハワード監督の『フロスト×ニクソン』は、実話に基づいているが、必ずしも事実に忠実な作品というわけではない。それが端的に表れているのが、フロストのキャラクターだ。この映画に登場するフロストは、政治やニクソンのことをよく知らない軽薄で軟弱なテレビ司会者/コメディアンのように描かれている。

 イギリス出身のフロストは、60年代初頭にBBCが始めた風刺的なニュース番組「That Was the Week That Was」の司会者として一躍人気者になった。彼はこの番組のなかでしばしば時の首相ハロルド・マクミランを攻撃していたという。BBCは選挙に及ぼす政治的な影響を考慮して番組を終了させたというのだから、そこには単なる風刺以上のインパクトがあったはずだ。

 そして、NBCが始めたこの番組のアメリカ版にもフロストが登場し、イギリス版のスタンスを引き継いで公民権運動や共和党の大統領候補やフルシチョフといった題材が取り上げられた。そうなるとフロストが政治に無関心だったとは考えられない。

 ちなみに、映画でフロストを演じたマイケル・シーンも、プレスのインタビューのなかでこのように語っている。「このストーリーの場合は、フロストが軽んじられていることを強調しているから、彼を実際よりも軽く、虚栄心が強く、表面的な人物として描いている

 映画のフロストのキャラクターがアレンジされているのは、インタビューをボクシングに見立て、キャラクターのコントラストを強調するためだ。

 この映画には、大物エージェントのスイフティーという狡猾な“プロモーター”がいて、ニクソンの側近のブレナンとフロストのブレインのレストン、バード、ゼルニックという“セコンド”がいて、インタビューという“リング”で、超重量級のニクソンと超軽量級のフロストという対照的な選手が、駈け引きを繰り広げる。ニクソンはパワーとテクニックでフロストを手玉にとり、ねじ伏せるかに見える。だが、追い詰められたフロストは、最終ラウンドで形勢を逆転する。


◆スタッフ◆
 
監督   ロン・ハワード
Ron Howard
原作戯曲・脚本 ピーター・モーガン
Peter Morgan
撮影 サルヴァトーレ・トチノ
Salvatore Totino
編集 マイク・ヒル、ダン・ハンリー
Mike Hill, Dan Hanley
音楽 ハンス・ジマー
Hans Zimmer
 
◆キャスト◆
 
リチャード・ニクソン   フランク・ランジェラ
Frank Langella
デビッド・フロスト マイケル・シーン
Michael Sheen
ジャック・ブレナン ケヴィン・ベーコン
Kevin Bacon
キャロライン・
クッシング
レベッカ・ホール
Rebecca Hall
スイフティー・
リザール
トビー・ジョーンズ
Toby Jones
ジョン・バード マシュー・マクファディン
Matthew Macfadyen
ボブ・ゼルニック オリヴァー・プラット
Oliver Platt
ジェームズ・
レストン
サム・ロックウェル
Sam Rockwell
-
(配給:東宝東和 )
 

 そんな展開は確かにスリリングだが、フィクションを自由に盛り込むことを許しているのだとしたら、きれいにまとまりすぎていて、逆に物足りなさを感じる。

 但し、このドラマの終盤に、気になるエピソードがある。最終ラウンドの前夜、ニクソンからかかってきた電話が、八方ふさがりのフロストを奮起させる。もしそれがすべてニクソンのシナリオで、自ら謝罪の場を演出し、視聴者に人間性をアピールしようとしたのだとしたら…。

 そう解釈するなら、これはボクシングの駆け引きではなく、操る者と操られる者をめぐる心理劇となり、ニクソンの企みは成功したと見ることもできる。作り手がそこまで計算していたのなら、事実にとらわれずにフィクションを盛り込む意味も違ったものになる。


(upload:2009/06/29)
 
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