ディープ・スロート 大統領を葬った男
/ ボブ・ウッドワード
The Secret Man: The Story of Watergate’s Deep Throat / Bob Woodward (2005)


2005年/伏見威蕃訳/文藝春秋
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(未発表)

 

 

もしウッドワードとフェルトが出会わなかったら
ウォーターゲート事件はどんな結末を迎えたのか

 

 ウォーターゲート事件でニクソン大統領を辞任に追い込んだのは、ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインという「ワシントン・ポスト」の若いふたりの記者だが、もうひとり重要な役割を果たした人物がいる。事件の取材の過程でウッドワードに進むべき方向を示唆した匿名情報源“ディープ・スロート”だ。

 ウッドワードは事件後もずっとこの情報源の秘匿を守りつづけてきた。そして、2005年にその正体が元FBI副長官マーク・フェルトであることが公表されたことを受けて、ウッドワードが発表したのがこの回想録だ。

 デイビッド・ハルバースタムが『メディアの権力』で書いているように、ウッドワードとバーンスタインによる報道の背景には、いくつもの偶然があった。それを具体的に引用すると以下のようになる。

もし、この事件が週末でなく平日に起こっていたら、全国ニュース担当の大物の政治記者が取材することになっただろう。このような記者はほかの問題の取材もしなければならないため、ウォーターゲート事件の報道は短期間で終わってしまったかもしれない


◆著者プロフィール◆

ボブ・ウッドワード
1943年生まれ。イェール大学卒業。「ワシントン・ポスト」の新米記者時代の1972年に、同僚のカール・バーンスタインとウォーターゲート事件を精力的に取材し、時のアメリカ大統領ニクソンを辞任に追い込んだ。一連の取材報道は「調査報道」の基礎を打ち立てたといわれている。現在は編集局次長。主な著作に「大統領の陰謀」(カール・バーンスタインとの共著、文春文庫)、「ブッシュの戦争」「攻撃計画」(ともに日本経済新聞社)、「権力の失墜」「グリーンスパン」(ともに日経ビジネス人文庫)など。

 

 
 

もし、ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインの二人の記者が、最初の結婚に失敗していなかったとすれば、事件の報道に必要な長時間の取材をやる気にならなかったかもしれない。二人とも離婚して独身になっていなかったら、ふつうの家庭の義務を果たすのに時間をとられ、あれほどの取材はできなかっただろう

もし、編集局長のハワード・サイモンズがこの事件に関心をもち、独自の判断で、二人の記者を取材に専念させることに踏み切らなかったとすれば……

 ウッドワードの回想は、そこにさらに偶然を積み重ねることになる。彼とフェルトの出会いはまったくの偶然だった。それは69年か70年のこと、当時国防総省に勤務する海軍大尉だったウッドワードは、ホワイトハウスに書類を届けにいき、応接スペースで待たされることになった。そのとき偶然、彼の隣に座った人物がフェルトだった。

 将来に不安をおぼえ、人の繋がりを求めていたウッドワードは、一面識もないフェルトに積極的に話しかけ、フーヴァーFBI長官直轄の監察室長をつとめる長官補の要職にあった有力者と交流を持つことになった。この出会いがやがてウッドワードの人生を大きく変えることになる。ふたりがそこで出会わなかったら、ウォーターゲート事件の展開はまったく違ったものになっていたかもしれない。

 さらに、事件の六週間前にフーヴァー長官が死去したことも重要な伏線となる。フェルトが昇格してもおかしくなかったが、ニクソン大統領は、自分の永年の忠臣であるパトリック・グレイを長官代理に任命した。そんなタイミングで事件が起これば、ホワイトハウスが様々な圧力をかけてきて、FBIを操ろうとすることは容易に察することができる。本書では、危機的な状況が以下のように表現されている。

ジョン・ディーンをはじめとするホワイトハウスやCREEPの顧問弁護士が、FBIの事情聴取に同席して睨みをきかせており、下級・中級職の人間が包み隠さず話ができる状態ではなかった。事情聴取用の書式三〇二号の原本とFBI捜査のテレタイプの写しをディーンが請求したのをグレイが黙認したことが、フェルトにはもっとも大きな痛手だった。週明けの十月二日、グレイはそうした内部文書数十通をディーンに渡した――調査の対象となっている相手に捜査関係書類を提供するなど、前代未聞のことだ

 そうなると、フェルトのような立場にあればなんらかの行動を起こさざるをえなかっただろう。だが、彼がなにを考えていたのかは推測するしかない。ウッドワードは、フェルトの口から匿名情報源になった真の動機を聞いていないからだ。

 ニクソン大統領の辞任後、ウッドワードとフェルトは自由に話ができたわけではない。フェルトは、過激組織ウェザーマンに対するFBIの不法侵入をめぐって罪に問われ、微妙な立場に立たされていた。ウッドワードとしては、話を聞きたくても、距離を置いて見守るしかなかった。そして年月が経過し、直接話ができるようになったときには、フェルトの認知症が進行し、彼は記憶を失いつつあった。

 ディープ・スロートがフェルトだったことを公表したのは、彼の意向を汲んだ娘と家族の弁護士であり、リークの真の動機は永遠の謎となった。

《参照/引用文献》
『メディアの権力/勃興と富と苦悶と』デイビッド・ハルバースタム●
筑紫哲也・斎田一路訳(サイマル出版会)

(upload:2012/11/30)
 
 
《関連リンク》
アンソニー・サマーズ
『大統領たちが恐れた男―FBI長官フーヴァーの秘密の生涯―』レビュー
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ローレンス・ライト
『倒壊する巨塔:アルカイダと「9.11」への道』 レビュー
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デービッド・ハルバースタム 『静かなる戦争』 レビュー ■

 
 
 
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