『ブラス!』の時代背景は、保守党のなかでサッチャーからメージャーへと政権が移行した後の92年。舞台となるヨークシャーの小さな炭坑の町グリムリーに炭坑閉山の波が押し寄せてくる。『フル・モンティ』の冒頭には、閉鎖された工場のがらんとした敷地のなかを、ブラスバンドが行進していく姿があったが、この映画の主人公は、地元の炭坑労働者で結成された伝統あるブラスバンドのメンバーたちである。
一途に音楽を愛するリーダーは、間近に迫るブラスバンドの全英選手権のことしか頭にない。しかし、メンバーたちは炭坑と自分たちの生活がどうなるのかという瀬戸際に立たされ、足並みが乱れている。映画は、そんな労働者たちが厳しい葛藤と選択を強いられながらも、ロンドンのロイヤル・アルバートホールの決勝を目指す姿を、シリアスにドラマティックに描きだしていく(ちなみに、このバンドは実在し、ドラマも実話をベースにしている)。
物語はストレートに胸に迫ってくるし、ブラスバンドの音楽も泣かせる。しかし、サッチャリズムの歴史を踏まえてみると、その感動はまたひとしおである。このドラマには、84年のサッチャー政権と炭坑労組の死闘に言及する場面が何度かある。この死闘は、単に炭鉱だけの問題ではなく、サッチャリズムと労働者の対決を象徴する出来事だった。
当時、サッチャー政権と労働者に歩み寄りの余地はほとんどなく、雌雄を決するしななくなっていた。一年前の総選挙で再選されたサッチャーは、自由主義経済を推し進めるために、衰退産業への支援を打ち切り、労組の影響力を排除する必要があった。一方、総選挙で従来の社会主義路線を前面に出して敗れた野党勢力にとって、全国鉱山労組は最後の砦となり、強硬な手段を行使する道を選んだ。結果は、政府が警察を全面的に支援し、鎮圧に乗り出したことで、労組の決定的な敗北となった。
『ブラス!』に登場する炭鉱労働者たちは、この死闘を生き抜いた数少ない人々だといえる。それだけに、彼らの誇りや裏切りに対する深い絶望と怒りは、台詞にもはっきり現われ、それが最終的にブラスバンドの音楽に集約されていくことになる。92年を背景とした映画でありながら、ここには、サッチャリズムの出発点に立ち返り、伝統的なコミュニティを解体し、個人の単なる集合体にしてしまったサッチャリズムに対して、もう一度コミュニティを見直そうとする姿勢が明確に打ち出されているのだ。
最後に、これは主題や物語とは何ら関係がないが、この映画は監督のハーマンがテレビドラマを多く手がけてきたためか、映像の奥行きや光のとらえ方など、心なしかテレビの影響を感じさせる部分があったことを付記しておく。
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