戦争における非人格化、脱人間化の実態に迫る
――『キプールの記憶』『少年義勇兵』
      『リーベンクイズ 日本鬼子』『タイガーランド』をめぐって


キプールの記憶/Kippur―――――――――――― 2000年/イスラエル=フランス=イタリア/カラー/118分/ヴィスタ/ドルビー
少年義勇兵/Boys Will Be Boys, Boys Will Be Men―― 2000年/タイ/カラー/123分
リーベンクイズ 日本鬼子/Japanese Devils――――― 2000年/日本/カラー/160分/スタンダード
タイガーランド/Tigerland―――――――――――― 2000年/アメリカ/カラー/101分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
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(初出:「CDジャーナル」2001年9月号、夢見る日々に目覚めの映画を05、若干の加筆)


 

 イスラエルを代表する監督アモス・ギタイの『キプールの記憶』、ユッタナー・ムクダーサニット監督のタイ映画『少年義勇兵』、そして松井稔監督のドキュメンタリー映画『リーベンクイズ 日本鬼子』は、戦争の歴史や記憶をそれぞれに独自のアプローチで描き出す作品である。

 『キプールの記憶』の背景は、73年のヨム・キプール戦争(第四次中東戦争)。67年の第三次中東戦争では大きな勝利を収めたイスラエルだったが、国中が静まりかえるユダヤの贖罪の日に、エジプト、シリアの奇襲攻撃で火ぶたが切られるこの戦争では、イスラエル軍が収拾のつかない混乱ぶりを露呈する。監督のギタイがこの戦争を、アメリカにおけるケネディ暗殺に例えたり、“無垢の時代の終焉”という表現を使っていることからも、それが国民に与えた影響の大きさをうかがうことができる。

 当時23歳だったギタイは、負傷兵をヘリで移送する任務についていたが、ある日そのヘリが撃墜され、九死に一生を得た。映画はその強烈な体験がもとになっている。この映画には敵の姿もなければ、戦闘もあくまで背景にとどまっている。無残な戦場で死者と負傷者を選別し、身動きもままならないヘリで戦場と病院を往復する。

 主人公たちのなかにあった信念や情熱は打ち砕かれ、繰り返される救護活動のなかで、精神的にも肉体的にも極限まで消耗しきる。映画を支配するのは無秩序の異様な重圧であり、荒漠とした大地に刻まれた迷走する戦車のキャタピラの痕跡がそれを象徴している。

 『青年義勇兵』の背景は、真珠湾攻撃に先立ってアジアで行われた日本軍の奇襲作戦であり、これは日本人が知っておくべき史実である。映画にはドキュメンタリー的な視点も盛り込まれ、タイにおける太平洋戦争の記憶を映像に刻み込む狙いも感じられる。

 しかし、ムクダーサニット監督が着目しているのは14歳から17歳の少年義勇兵の存在であり、少年たちの想い、葛藤、成長を描く青春映画になっている。彼らのドラマから浮かび上がってくる初々しさ、純粋さ、そして悲壮感は、一瞬ピーター・ウィアーの『誓い』を思い出させる。

 『リーベンクイズ 日本鬼子』は、満州事変から日本の敗戦に至る日中十五年戦争の軌跡をたどりながら、中国で侵略戦争を遂行した元皇軍兵士14人を日本各地に訪ね、彼らが行った行為についての赤裸々な告白を記録している。日本軍の残虐非道な行為はすでに認知されていないわけではないが、個人の口から詳細に語られる真実には戦慄すら覚える。戦争の実態を知る上で必見の映画であることは間違いない。

 ここに取り上げた三本の映画は、日常からかけ離れた戦争というものの苛酷な現実や狂気を描いている。なかでも『リーベンクイズ 日本鬼子』はそれが際立っている。そればかりか、この映画からは次第に戦争に限定されないもうひとつの重要な主題が浮かび上がってくる。残虐非道な行為は恐ろしいが、ある意味でもっと恐ろしいのは、兵士がそんな行為を率先してやるようになる非人格化、脱人間化のシステムである。

 筆者が思い出すのは、社会学者ジョージ・リッツアが書いた『マクドナルド化する社会』とその続編である『マクドナルド化の世界』のことだ。二冊の本は、マクドナルドに象徴されるような徹底的な合理化、効率化が世界を覆う現状とその過程で生ずる非人格化や脱人間化といった非合理性を多面的な視点でとらえている。この合理化は日常と戦争の境界を消し去りもする。著者はその極致としてホロコーストに言及しているからだ。

 それが極端だと思われる方には、ナチス戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判のドキュメンタリー『スペシャリスト 自覚なき殺戮者』をまずご覧になることをお薦めしたい。この映画で、自己の非道な行為を、どこかの会社の会議で業績でも報告するかのように説明し、組織のなかの人間としての自己を弁護する彼の姿は、ナチス親衛隊という言葉から想像されるイメージからは程遠い。そして裁判のなかで、彼をナチズムの神話に押し込もうとすればするほど、彼の人間存在の空白が際立つことになる。

 『リーベンクイズ 日本鬼子』に記録された数々の証言は、皇軍思想の徹底的な浸透ではなく、新兵を率先して非道な行為を行う機械に変える非人格化、脱人間化の課程を生々しく浮き彫りにする。映画の資料には監督の以下のような言葉がある。「私たちは未来のために、戦争の実態、組織の歯車となった人間の狂気と弱さ(これは平和な現在にも存在する)を知らねばならない」。この括弧のなかの言葉は重要である。


 

―キプールの記憶―

 Kippur
(2000) on IMDb


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/製作総指揮   アモス・ギタイ
Amos Gitai
脚本 マリー=ジョゼ・サンセルム
Marie-Jose Sanselme
撮影 レナート・ベルタ
Renato Berta
編集 モニカ・コールマン
Monica Coleman
音楽 ヤン・ガルバレク
Jan Garbarek

◆キャスト◆

ワインローブ   リロン・レヴォ
Liron Levo
ルソ トメル・ルソ
Tomer Russo
クロイツナー空軍医 ウリ・ラン・クラズネル
Uri Ran-Klausner
パイロット ヨラム・ハタブ
Yoram Hattab
ガダシ ガイ・アミル
Guy Amir
隊長 ジュリアーノ・メール
Juliano Mer
コビ コビ・リヴネ
Kobi Livne
(配給:アルシネテラン)
 
 

―少年義勇兵―

 Boys Will Be Boys, Boys Will Be Men
(2000) on IMDb


◆スタッフ◆
 
監督/脚本./製作   ユッタナー・ムクダーサニット
Euthana Mukdasanit
脚本 ワニット・チャルンキットアナン
撮影 ワンチャイ・レンケーオ
音楽 タナワット・スープサワン

◆キャスト◆

マールット   ルンルアン・アナンタヤ
チッチョン テーヤー・ロジャーズ
ブラユット ワラヨット・パニチャタライポップ
タヴィン隊長 ローン・バンチョンサーン
サムラーン軍曹 カチョンサック・ラタナニサイ
チッチョンの父チョット スチャオ・ポンウィライ
(配給:東光徳間)
 
 

―リーベンクイズ 日本鬼子―

 Riben guizi
(2001) on IMDb


※スタッフ、キャストは
『リーベンクイズ 日本鬼子』レビュー
を参照のこと

 
 

―タイガーランド―

 Tigerland
(2000) on IMDb


◆スタッフ◆
 
監督   ジョエル・シューマカー
Joel Schumacher
脚本 ロス・クラヴァン、マイケル・マクグルーサー
Ross Klavan, Michael McGruther
撮影 マシュー・リバティーク
Matthew Libatique
編集 マーク・スティーヴンス
Mark Stevens
音楽 ネイサン・ラーソン
Nathan Larson

◆キャスト◆

ローランド・ボズ二等兵   コリン・ファレル
Colin Farrell
ジム・パクストン二等兵 マシュー・デイヴィス
Matthew Davis
マイター二等兵 クリフトン・コリンズJr.
Clifton Collins Jr.
カントウェル二等兵 トム・グイリー
Tom Guiry
ウィルソン二等兵 シェー・ウィガム
Shea Whigham
ジョンソン二等兵 ラッセル・リチャードソン
Russell Richardson
サンダース大尉 ニック・サーシー
Nick Searcy
フィルモア軍曹 マイケル・シャノン
Michael Shannon
(配給:20世紀フォックス)
 

 

 
 
 

 そしてこうした主題に関連して、もう一本注目しておきたいのがジョエル・シューマカー監督の『タイガーランド』だ。この映画の時代背景はヴェトナム戦争が泥沼化した71年、ルイジアナ州ポーク基地で、これから戦場に向かうための最終訓練を受ける新兵たちのドラマが描かれる。もちろん上官たちが体現するシステムは彼らを非人格化しようとする。

 しかし主人公のボズは徹底的に反抗する。その手段が興味深い。彼の反抗は規律を乱して罰を受けるだけではない。軍紀を熟知し、軍隊から逃げたい仲間を見つけると、巧みに抜け穴を探しだし、合法的に除隊させてしまう。人間の人間らしい欠陥を武器として軍隊という官僚組織にはむかう。そこにこの映画の大きな魅力がある。


(upload:2013/10/21)
 
 

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