しかし、そのバンドの活動によって、スウィンスコーの音楽の世界は広がった。
「バンドでベースを弾いていたことが大きかった。ベースを学ぼうと思って、興味を持ったのが、チャールズ・ミンガスやジミー・ギャリソン、ジャコ・パストリアスなどのジャズ・ベーシストだった。彼らは、リズムや調性だけではなく、独自のヴォイスを表現するためにベースを使っていた。それでジャズにのめり込むようになり、コルトレーンやマイルスにも大きな影響を受けた。それから一方で、60年代の映画音楽にも興味を持った。なかでも抜きんでていたのが、バーナード・ハーマンだ。彼は、ジャズとクラシックを融合させるような斬新な映画音楽を作っていた。それが僕の音楽の出発点になった」
TCOのデビュー・アルバム『Motion』には、サンプリングを駆使することによって、彼に影響を及ぼしたミュージシャンたちの音楽や発想が自在に取り込まれている。
「カレッジを卒業して、バンドも解散して、自分の音楽をひとりで作る方法を探し求めてたどり着いたのが、エレクトロニック・ミュージックであり、DJだった。僕は、サンプラーやシーケンサーという現代的なテクノロジーを使うことによって、バーナード・ハーマンのように、異なる音楽を融合させる方法を見出した。そのときはアルバムを作ろうと思ってやっていたわけではなかったけど、実験を繰り返していくうちにたまっていったある種のスケッチのコレクションが、結果的に『Motion』になったんだ。このアルバムは、コルトレーンやマイルス、ハーマンという素晴らしいジャズ・ミュージシャンや作曲家へのオマージュになっている」
これに対して、セカンド・アルバム『Every Day』以降は、オーケストラとしての体勢が整うと同時に、新たなコンセプトが浮かび上がってくる。それは、ミニマル・ミュージックといってよいだろう。
「間違いなくその影響を受けている。『Every Day』から、無駄な要素をそぎ落としていくようになり、『マ・フラー』では、ピアノとヴォイスの組み合わせなど、殺風景といってもいいくらいシンプルになっている。それはミニマル・ミュージックの精神で、パット・メセニーが参加したスティーヴ・ライヒの『Different Train / Electric Counterpoint』からインスピレーションを得ている。さらに、シカゴやニューヨークのハウス・ミュージックのもとをたどれば、70年代のミニマル・ミュージックに行き着く。そういう繋がりから発展した方向性でもある」
そして、冒頭で触れたように、個々の作品ではなく一貫したコンセプトとして、映画や映像との関わりにも注目しなければならない。
「僕が作りたいのはポピュラー・カルチャーに根ざした音楽で、そのためには、映像との結びつきや映画音楽の影響が重要なんだ。ヴィジュアル・アートを勉強していた僕にとっては、映像と音楽が結びついていくのは自然な流れだった。『Man with a Movie Camera』では、ジガ・ヴェルトフの無声映画という既成の映像に音楽をつけることで、ふたつが結びついた。『マ・フラー』では、今度はオリジナルの映像を想定して音楽を作った。僕は、複雑で強烈なインパクトをもたらす映像というメディアとの結びつきを模索することで、新しい音楽を作ることができると思う」
それでは、スウィンスコーは、グループ名の“オーケストラ”の部分については、どのように考えているのだろうか。
「デューク・エリントンは、まさにオーケストラのお手本だ。普通では思いつかないような楽器の組み合わせによって、曲を自分なりに翻訳し、異なる質感を生み出してみせる。楽器の組み合わせ次第で、違う意味や世界観を伝えることができる。それがオーケストラの醍醐味だ。映画音楽も、曲だけではなく、どの楽器を使うかが重要なんだ。それによってまったくイメージが変わるところに、奥深さと面白さがある」
ロイヤル・アルバート・ホールにおけるライブ・アルバムに続くTCOの新作では、そんなオーケストラと映画音楽の醍醐味を味わうことができそうだ。
「新作は、ディズニー映画のサントラで、これまでよりもスケールの大きな企画だ。映画の内容は、ナラティブなストーリーを持ったネイチャー・ドキュメンタリーで、タイトルは“The Crimson Wing: Mystery of the Flamingos”。まずフランスで12月に公開されて、その後各国で順次公開される。TCO+50ピースのオーケストラという大編成で、9ヶ月間かけて今年の6月に完成した。監督や編集者の要求もいろいろあって、あくまでTCOでありつつオーケストラとのバランスをとる作業は、とんでもなくきつかったけど、自分がやりたいと思っていたことができたので、結果にはとても満足しているよ」 |