イエスタデイ・ユー・セッド・トゥモロウ / クリスチャン・スコット
Yesterday You Said Tomorrow / Christian Scott (2010)


 
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(初出:Into the Wild 1.0 | 大場正明ブログ 2010年3月4日更新、若干の加筆)

 

 

60年代のジャズやロックが持っていた社会性を意識し
現代のアメリカを蝕む差別や偏見を浮き彫りにする

 

 新世代のジャズ・トランペッター/コンポーザー、クリスチャン・スコットの音楽には、優れたヒップ・ホップが持っているような批評精神がある。そんな彼は、『アンセム』(07)では、ハリケーン・カトリーナの悲劇を出発点として、アメリカや世界で起こっている問題に関心を持ち、ニューオーリンズを世界の縮図として、権利を奪われた人々を表現しようとした。

 筆者は、スコットがそこからどこに向かうのか強い関心を持っていた。『Anthem』以来のスタジオ録音となる新作『イエスタデイ・ユー・セッド・トゥモロウ』(10)にはその答えがある。彼は60年代の音楽に目を向けた。新作にインスピレーションをもたらしたものとして、マイルスやコルトレーンのカルテット、ミンガスのグループ、ディランやジミヘンを挙げている。

 スコットは、そうした60年代の音楽と同じように、政治や社会と関わる時代の空気を音楽に取り込み、反映しようとする。そのスタンスは、ヴィジャイ・アイヤーの『Historicity』に通じるものがある。アイヤーは、インド系という他者の視点から世界を見直し、"歴史的真実性"に迫ろうとした。スコットは、ハリケーン・カトリーナ以後の状況を通して獲得した視点を新作でより具体化し、世界を見直そうとする。

 新作に収められた曲のタイトルは、『アンセム』に比べると、かなり具体的であり、その音楽に対するこちらの想像力をかきたてる。

 1曲目の<K.K.P.D.>の意味はある程度察せられるが、本人のコメントによれば、<KuKlux Police Department>の略で、彼が子供の頃に、ニューオーリンズの地方の警察が黒人市民に対してとってきた姿勢、いまも同じ場所や他の都市に残る現実を示唆しているという。

 5曲目の<Angola, LA & The 13th Amendment>については、スコットの出身地であり、活動の拠点であるニューオーリンズにおける黒人の立場を確認しておくべきだろう。マイケル・エリック・ダイソンの『カトリーナが洗い流せなかった貧困のアメリカ』には、以下のような記述がある。


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◆Jacket◆
 
◆Track listing◆

01.   K.K.P.D.
02. The Eraser
03. After All
04. Isador
05. Angola, L.A. & The 13th Amendment
06. The Last Broken Heart
07. Jenacide
08. The American't
09. An Unending Repentance
10. The Roe Effect

◆Personnel◆

Christian Scott - trumpet; Matthew Stevens - guitar; Milton Fletcher Jr. - piano; Kristopher Keith Funn - bass; Jamire Williams - drums

(Concord Jazz )
 

かつては、白人と黒人が通りは隔てていても「裏庭」を介して隣接して住むという、奴隷制時代の慣行に起源を持つニューオーリンズ独特の住居パターンにうながされ、エスニック間・人種間の交流が活気をつくり出していた。それが二〇世紀の後半になると、郊外化の進行によって街がより「黒く」なってい行くと、人種隔離がよりいっそう強まることになっていった。ニューオーリンズでも、全国の流れを追って都市中央部から郊外への極端な人口の脱出が始まり、街が黒くなるにしたがって、貧しくもなっていったのだ。一九六〇年、ニューオーリンズの人口の三七%が黒人だった。ところが一九七〇年にそれは四三%になる。そして一九八〇年には五五%、一九九〇年には六二%、二〇〇〇年になると六七%以上が黒人になっていった。この間、白人は郊外へと逃げて行き、彼らが向かったジェファソン郡では白人の人口が六九・八%なのに対して黒人は二二・九%しか存在せず、セント・バーナード郡では白人は八八・二九%なのに対して黒人は七・六二%だけである。セント・タマニー郡だと、白人は八七・〇二%なのに、黒人はわずか九・九%だ。さらに黒人の中流層も隣接のジェンティリーの街やニューオーリンズ・イーストに避難の場所を見つけ、黒く貧しいインナー・シティの窮状はさらに極まっていった

 では、貧困はインナーシティに取り残された黒人の若者にどのような影響を及ぼすのか。それがこの5曲目のタイトルの“Angola”と関わることになる。前掲同書には以下のような記述がある。

学校を中退してしまえば、若い黒人学生の多くが結局アンゴラ刑務所――以前はプランテーションだったところであり、服役者は未だに手で耕作作業をさせられ、その果てに九〇%の囚人が所内で死に行くところ――に入所する運命に落ちていく

 ちなみに筆者は、タイトルのなかで“Angola”と奴隷制の廃止や禁止を定めた合衆国憲法修正13条が結び付けられているところから、まったく別の連想もした。この修正条項にはもちろんリンカーンが関わっているが、ジャーナリストのクリス・ヘッジズが書いた『戦争の甘い誘惑』には、以下のような記述がある。

アンゴラ内戦でアメリカが支援した叛乱派指導者ヨナス・サビンビは、タリバンにもまさる残虐さで殺し、拷問にかけ、1973年の叛乱勃発から50万人以上の死者がでている。このザビンビをアンゴラのアブラハム・リンカーンと賞賛したのはレーガン大統領である」。余談ながら、キャスリン・ビグロー監督の『ハート・ロッカー』の冒頭でも、本書から「戦争はドラッグだ」という言葉が引用されている。

 6曲目の<Last Broken Heart(Prop 8)>のProp 8とは、2008年にカリフォルニア州で行われたゲイ同士の結婚の是非を問う選挙のことを意味している。7曲目の<Jenacide>は、2006年にルイジアナ州の小さな町ジーナにある高校で、根深い人種対立から起こったJena 6事件を題材にしている。日本でも報道されたので説明の必要はないだろう。"Jenacide"とは、Jenaとgenocideを結びつけた言葉だ。

 8曲目の<American't>は、もちろんオバマの“Yes We Can”を意識した言葉で、2008年の大統領選のあとに出てきた反動に対するメッセージになっている。

 さらに、アルバム・タイトルにもスコットの姿勢が表れている。日本語にすれば、「今日できることを明日に延ばすな」が相応しいだろう。聴き込むほどに、スコットの世界に対する視点や真摯な姿勢が際立ってくる力作だ。

《参照/引用文献》
『カトリーナが洗い流せなかった貧困のアメリカ』マイケル・エリック・ダイソン
藤永康政訳(ブルース・インターアクションズ、2008年)
『戦争の甘い誘惑』クリス・ヘッジズ
  中谷和男訳(河出書房新社、2003年)

(upload:2012/02/06)
 
 
《関連リンク》
『アンセム』 レビュー ■
『Katrina Ballads』 レビュー ■

 
 
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