ユダヤ警官同盟 / マイケル・シェイボン
The Yiddish Policemen’s Union / Michael Chabon (2007)


2009年/黒原敏行訳/新潮社
line
(Into the Wild 1.0 | 大場正明ブログ、2009年6月3日更新、若干の加筆)

ユダヤ系ディアスポラをめぐるもうひとつの歴史を通して
国家や宿命、アイデンティティ、ホモソーシャルな関係を掘り下げる

 マイケル・シェイボンの『ユダヤ警官同盟』は、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞というSFの主要三賞を制覇すると同時に、アメリカ探偵作家クラブ賞の候補にもなった注目のスリップ・ストリーム小説だ。

 SFの発想は、現実世界とは違うもうひとつの歴史に表れている。時代は2007年、舞台はアラスカ州のバラノフ島にある"シトカ特別区"と呼ばれるユダヤ人自治区。訳者あとがきによれば、この架空の設定は、第二次世界大戦前夜、アメリカ政府がバラノフ島周辺にユダヤ人亡命者を受け入れる計画を立てた史実に基づいているという。結局、その計画は実現しなかったが、この小説の歴史では実現し、その後の世界が描かれる。

 歴史の違いはそれだけではない。イスラエルは建国後三ヶ月でアラブ諸国に完敗した。つまりこの小説の世界では、1948年にもユダヤ人のディアスポラが起こったことになっている。また、詳しく書かれているわけではないが、1946年にベルリンに原爆が投下されたり、現代に満州国が存在したりしている。

 そんな設定のなかで、シトカにある安ホテルで麻薬中毒の男が殺害され、酒浸りの日々を送る殺人課刑事ランツマンが捜査を開始し、ユダヤ人の未来と関わるトラブルに巻き込まれていくことになる。

 この物語では、「今はユダヤ人にとっておかしな時代だ」という台詞が繰り返される。というのも、シトカ特別区の統治権はあと二ヶ月でアラスカ州に復帰する。そこに暮らす320万人のユダヤ人は、その先をどのように生きていくのかという選択を迫られている。世界の受け入れ国の大半は、その国にユダヤ人の親戚がいることを条件にしている。


◆著者プロフィール◆

マイケル・シェイボン
1963年ワシントンDC生れ。現代アメリカ文学シーンで最も期待されている作家の一人。’88年、25歳でデビュー作『ピッツバーグの秘密の夏』を発表、絶賛を浴びた。以後コンスタントに作品を刊行、’99年にはO・ヘンリ賞を受賞、2000年の『カヴァリエ&クレイの驚くべき冒険』ではピューリッツァー賞(小説部門)を受賞している。’07年の『ユダヤ警官同盟』ではヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞の“トリプル・クラウン”を制した 。

 

 

 


 物語からは様々な境界が浮かび上がり、アイディティティの揺らぎやせめぎ合いに繋がっていく。

 たとえば言葉だ。ランツマンは、出会った人物が話すイディッシュ語から、オランダやロシアやオーストラリアなどの訛りを聞き取る。トラブルに巻き込まれ、囚われの身となった彼は、アメリカ本国からやって来たユダヤ人の男が、馴染みのないヘブライ語を話すのを耳にする。彼が聞き取れるのは、シナゴーグで使われる古典ヘブライ語だが、男の言葉は、1948年以降、シオニストたちが受け継いできたヘブライ語のように聞こえた。

 それから土地の違い。シトカのユダヤ人はアメリカ合衆国のユダヤ人を、自分たちより南に住んでいるというので"メキシコ人"と呼び、"メキシコ人"のほうではシトカのユダヤ人を"氷山人"または"冷凍選民"と呼ぶ。

 先住民との関係など、人種の違いも境界となる。ランツマンの従弟で、同僚のベルコは、母親が先住民であるトリンギット族で、外見は生粋のトリンギット族だが、ユダヤ人のように考え、ユダヤ人のように生きる道を選択した。

 さらに、もうひとつ重要な要素になっているのが、父と息子の関係だ。「アブラハムが山の上で息子イサクの胸をはだけ、ナイフを突き立てて神への捧げ物にしようとしたときから、父と息子の問題に切実な関心を寄せないユダヤ人はいない」

 この物語では、チェスが事件の鍵を握っているが、それも父と息子の問題に深く結びついていく。「同性愛をべつにすれば、チェスほど男どうしを強く結びつけるものはない。男と男というのは、基本的に闘争し合う関係にあるものだが、その闘争を暴力を伴わない遊戯に変えてしまうのだ」

 そんな要素に注目するならば、ホモソーシャルな関係というテーマにも結びつく。ちなみに、イヴ・K・セジウィックの『男同士の絆――イギリス文学とホモソーシャルな欲望』の序章では、“ホモソーシャル”が以下のように説明されている。

「ホモソーシャル」という用語は、時折歴史学や社会科学の領域で使われ、同性間の社会的絆を表す。またこの用語は、明らかに、「ホモセクシュアル」との類似を、しかし「ホモセクシュアル」との区別をも意図して作られた新語である。実際この語は、「男同士の絆」を結ぶ行為を指すのに使用されているが、その行為の特徴は、私たちの社会と同じく強烈なホモフォビア、つまり同性愛に対する恐怖と嫌悪と言えるかもしれない。とすると、「ホモソーシャル」なものを今一度「欲望」という潜在的に官能的なものの軌道に乗せてやることは、ホモソーシャルとホモセクシュアルとが潜在的に切れ目のない連続体を形成しているという仮説を立てることになる

 シェイボンは、こうした多様な要素が複雑に絡み合うもうひとつの世界を構築し、国家や神話、ユダヤ教、救世主、宿命、アイデンティティ、ディアスポラ、ホモソーシャルな関係といったテーマを鋭く掘り下げている。

《参照/引用文献》
『男同士の絆 イギリス文学とホモソーシャルな欲望』イヴ・K・セジウィック●
上原早苗・亀澤美由紀訳(名古屋大学出版界、2001年)

(upload:2013/02/07)
 
《関連リンク》
ナンシー・ヒューストン 『時のかさなり』 レビュー ■
アリ・フォルマン 『戦場でワルツを』 レビュー ■
ホモソーシャル、ホモセクシュアル、ホモフォビア
――『リバティーン』と『ブロークバック・マウンテン』をめぐって
■
ゲイをめぐるダブル・スタンダード
――歪んだ社会を浮き彫りにする小説とノンフィクションを読む
■

 
 
amazon.co.jp●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp