路の果て、ゴーストたちの口笛 / スティーヴン・ビーチー
The Whistling Song/ Stephen Beachy (1991)


渡辺伸也・近藤隆文訳 / 大栄出版 / 1996年
line
(初出:「This」Vol.1,No.2、1995年、若干の加筆)

 

不毛な時代の

 

 スティーヴン・ビーチーという新人作家が91年に発表した長編"The Whistling Song(路の果て、ゴーストたちの口笛)"は、現代の「路上」といえる素晴らしいロード・ノヴェルだ。

 この小説の主人公マットは、14歳の時に同い年の仲間ジミーとともに、アイオア州デモインにある孤児院を飛びだし、アメリカを彷徨っていくことになる。著者が ”移動すること” について非常に自覚的であることは、 こんなエピソードから容易に察することができる。

 孤児院を抜けだしてハイウェイにたどり着いたとき、マットは東に向かうべきか西に向かうべきか頭をひねったあげく、西はアウトローが向かう伝統的な方向だが、まずは東へ、旧世界へ、過去へと向かうことにしようと考える。 この東への旅は、彼が孤児院が雇った探偵につかまり、連れ戻されることで終わりを告げ、小説の後半では、彼は今度は西へと旅立っていくことになる。

 このマットにとって、仲間のジミーは特別な存在である。ジミーは14歳にしては大人びていて、孤児院でも規則を守ることがなく、マットを旅に誘いだす張本人となる。危険な衝動に駆り立てられるように奔放な行動をとるジミーは、しばしばマットを困惑させる。 しかしマットは、そんなジミーの悪魔的な魅力に惹きつけられ、路上で別れ別れになった後も、彼のことが頭から離れない。

 ふたりの関係は、「路上」における語り手サル・パラダイスと、彼が想いを寄せるつかみどころのないディーン・モリアーティ、そしてケルアックとニール・キャサディの関係を髣髴させる。ジミーには黒人の血も流れているという設定は、 「ハックルベリー・フィンの冒険」のハックとジムを連想させもする。

 実際この小説では、本が好きなマットが、書店からケルアックやトゥエインの本を盗んだり、彼とジミーの関係をケルアックとキャサディ、ハックとジムになぞらえたりする場面があるのだ。

 しかしながら、この小説が現代の”路上”を思わせる一番の理由は、その時代背景にある。ケルアックや彼の「路上」は、戦後の冷戦構造のなかで、一般大衆が政治や社会から逃避し、大量消費に支えられたアメリカン・ドリームに酔いしれる時代に、鋭い輝きを放った。

 この小説は、レーガン政権がその50年代の価値観を呼び覚まし、保守化政策をすすめた時代、同じように人々が消費にまみれ、不毛な上昇志向が幅をきかせた80年代を背景としているのだ。




 マットが旅をとおして目撃するのは、たとえば、狂信的なキリスト教信者の家庭で息がつまりかけている子供たちや、レーガン再選を祈る聖書研究会であり、両親が海外旅行をしている間に、 自宅にパンク・バンドを呼んで空虚な馬鹿騒ぎをしているサバービアのティーンエイジャーたち、デッド・ケネディーズやサークル・ジャークスのフリークで、本当は孤独なのに自殺がトレンドだとうそぶく娘であり、巨大なショッピング・モールをあてもなく彷徨っている娘なのだ。

 マットが彷徨うアメリカは、孤独と悲しみに満ち溢れ、路上の彼方に高揚の予感はまったくない。そして、マット自身もまた必ずしも前向きな気持ちで路上に踏み出していくわけではない。というのも彼は、もともと平凡な家庭の子供だったのだが、 12歳のときに家に暴漢が侵入し、両親を殺されてしまい、孤児となるのである。ある意味で著者ビーチーは、そんな設定を作ることによって、強引にマットを路上に押し出していくともいえる。

 そして強引であれ何であれ、80年代という不毛で空虚な時代を正面から見据え、きっちりと決着をつけることによって、未来に踏み出していくところに、この小説の魅力があるのだ。


※筆者が読んでいるのは原書の方だけです。ビーチーについては、2000年11月に新作
"Distortion" の出版が予定されていましたが、筆者が調べる限り、まだ出ていないようです。
 
 
《関連リンク》
サバービアの憂鬱:アメリカン・ファミリーの光と影 ■
レーガン時代、黒人/女性/同性愛者であることの痛みと覚醒――
サファイアの『プッシュ』とリー・ダニエルズ監督の『プレシャス』をめぐって
■
アメリカを支配するサバービア――
20世紀末、都市と郊外の力関係の変化を検証する
■
サバービア、ゲーテッド・コミュニティ、刑務所――
犯罪や暴力に対する強迫観念が世界を牢獄に変えていく
■

 
amazon.co.jpへ●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp
 

back topへ




■Home ■Movie ■Book ■Art ■Music ■Politics ■Life ■Others ■Digital ■Current Issues


copyright