キム・ギドク
Kim Ki-duk


悪い女〜青い門〜/Birdcage Inn――――――――――――― 1998年/韓国/カラー/101分
魚と寝る女/The Isle――――――――――――――――― 2000年/韓国/カラー/90分/ヴィスタ/ドルビー
悪い男/Bad Guy―――――――――――――――――― 2001年/韓国/カラー/103分/ヴィスタ
春夏秋冬そして春/Spring, Summer, Fall, Winter, and Spring―― 2003年/韓国=ドイツ/カラー/103分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
サマリア/Samaria――――――――――――――――――― 2004年/韓国/カラー/95分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
line
(初出:「キネマ旬報」2005年4月上旬号、若干の加筆)

 

 

横の繋がりから縦の繋がりへ
深化する贖罪、浄化、そしてイニシエーション

 

 韓国では決して珍しいことではないが、キム・ギドク監督は、クリスチャンであり、彼の作品では、贖罪や浄化が独自の世界のなかに描き出される。たとえば、『悪い女〜青い門〜』(98)、『魚と寝る女』(00)、『悪い男』(01)を比較してみれば、そんな彼の視点や表現が明確になるだろう。

 美術学校に通い、体を売って生活するジナと性的抑圧に囚われた売春宿の娘ヘミ(『悪い女〜青い門〜』)、釣り場の管理人で、客に体を売るヒジンと、恋人を殺し、自殺するために釣り場を訪れたヒョンシク(『魚と寝る女』)、女子大生のソナとヤクザのハンギ(『悪い男』)。

 三作品にはそれぞれに、性や階層をめぐって相容れない価値観を持つ人物が登場し、激しくせめぎあうが、贖罪や浄化を経て、最後に同じ場所に立つ。ドラマの基本的な流れは同じだが、その表現には大きな変化がある。

 わかりやすいのは、『魚と寝る女』で、ヒョンシクが釣り針の束を飲み込んだり、『悪い男』のハンギがソナを罠にはめて娼婦にするように、人物の行動がより過激になっていくことだが、違いはそれだけではない。

 ヒジンやハンギは、ほとんど口をきかない。つまり、台詞が大幅に削られていく。それは、ドラマの中心となる閉ざされた空間の表現とも密接に結びついている。『悪い女〜青い門〜』の盗聴による繋がりが、『魚と寝る女』では、水中からヒョンソクを見つめるヒジンの眼差しに、『悪い男』では、マジックミラーを通してソナを見つめるソンギの眼差しに発展し、そんな台詞を必要としない状況が、人物の内面をより深く掘り下げていくことになるのだ。

 『悪い女〜青い門〜』では、ジナが周囲から虐げられるほど聖性を帯び、贖罪や浄化に至るドラマの軸となっていく。しかし、『魚と寝る女』や『悪い男』には、そんな明確な軸はない。水やマジックミラーを通して相手を見つめるヒジンやソンギは、最初は支配的な立場にあるが、次第に葛藤が生まれ、相手の内面に引き込まれていく。

 ヒジンは、ヒョンソクと同じように欲望や嫉妬ゆえに殺人者となり、ソンギは、海に見を投じた娘に自分を重ねるソナと同じように、死刑囚となる道を選択する。彼らはそれぞれに贖罪や浄化を求めて死と向き合い、それが交差するときに救いが訪れ、彼らだけの場所=異空間が切り開かれるのだ。


―悪い女〜青い門〜―


◆スタッフ◆

監督/脚本   キム・ギドク
Kim Ki-duk
撮影 ソ・ジョンミン
Seo Jeong-min
音楽 イ・ムヌィ
Lee Moon-hui

◆キャスト◆

ジナ   イ・ジウン
Lee Ji-eun
ヘミ イ・ヘウン
Lee Hae-eun
ヒョンウ アン・ジェモ
Ahn Jae-mo
ジナのヒモ チョン・ヒョンギ
Jeong Hyeong-gi
ジノ ソン・ミンソク
Son Min-seok
(配給:)
 
―魚と寝る女―

※スタッフ・キャストは
『魚と寝る女』レビュー
を参照のこと


 
―悪い男―


◆スタッフ◆

監督/脚本   キム・ギドク
Kim Ki-duk
撮影 ファン・チョリョン
Hwang Cheol-hyeon
音楽 パク・ホジュン
Park Ho-jun

◆キャスト◆

ハンギ   チョ・ジェヒョン
Jo Jae-hyeon
ソナ ソ・ウォン
Seo Won
ミョンス チェ・ドクムン
Choi Duek-mun
ジョンテ キム・ユンテ
Kim Yun-tae
アンヒ キム・ジョンヨン
Kim Jung-young
(配給:エスピーオー)
 
―春夏秋冬そして春―

※スタッフ・キャストは
『春夏秋冬そして春』レビュー
を参照のこと


―サマリア―

※スタッフ・キャストは
『サマリア』レビュー
を参照のこと

 

 そして、ギドクの分岐点ともいえるのが、『春夏秋冬そして春』(03)だろう。山奥の湖に浮かぶ寺を舞台とするこの映画は、『魚と寝る女』とモチーフがかなりダブっているが、そこからはまったく違う世界が構築されていく。

 これまでの作品にあった主人公たちの横の繋がりは、老僧、主人公、幼子という縦の繋がりへと移行し、四季を背景とした神話的な世界のなかに、ひとりの男の一生、あるいはイニシエーションが描き出される。夏に増水して門を浸す湖は、まさに抑えがたい欲望であり、その代償を払って冬に寺に戻った男は、そんな水が凍結した滝で仏像を彫り上げるのだ。

 その縦の繋がりは、現代社会を背景とした『サマリア』(04)にも引き継がれている。この映画は、援助交際というイニシエーションなき時代の現実から始まり、登場人物たちの悲劇と贖罪の連鎖が最終的にイニシエーションへと結実していく。

 少女は、死んだ親友に代わって自分が娼婦となるが、それを知った父親は、男たちに制裁を加え、殺してしまう。石で人を殺したこの父親は、石に道を阻まれる。その石を取り払うのは娘だが、その行為は親友に対する贖罪と無縁ではないだろう。そして今度は父親が、石を使って、娘がひとりで歩いていくための道標を作るのだ。


(upload:2013/05/13)
 
 
《関連リンク》
『嘆きのピエタ』 公式サイト
『魚と寝る女』 レビュー ■
『春夏秋冬そして春』 レビュー ■
『サマリア』 レビュー ■
『うつせみ』 レビュー ■
『嘆きのピエタ』 レビュー ■

 
 
 
amazon.co.jpへ●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp