イングマール・ベルイマン
Ingmar Bergman


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(初出:「ベルイマン三大傑作選」劇場用パンフレット)
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■ ベルイマン作品の象徴02――狂気としての幻想

 次に、統合失調症のような狂気としての幻想が現実を侵食していく場合だ。作品でいえば、『狼の時刻』がこれに当てはまる。小島で妻と過ごす主人公の画家は、少年時代のトラウマや愛人の記憶、創作をめぐる不安などによって精神に変調をきたし、悪夢に引き込まれていく。デヴィッド・リンチがAFI(American Film Institute)の映画祭でお気に入りの5本を選んだときには、この作品が含まれていた。『狼の時刻』で画家を悪夢の世界に招き寄せるのは、伯爵を名乗る謎めいた男だが、この人物は『マルホランド・ドライブ』や『ロスト・ハイウェイ』に登場するカウボーイやミステリーマンの原型といっていいだろう。

 さらに、スタンリー・キューブリックの『シャイニング』とこの『狼の時刻』の結びつきも見逃せない。『シャイニング』はスティーブン・キングの小説の映画化ではあるが、キューブリックは明らかに原作よりも『狼の時刻』から大きな影響を受けている。その違いは、幻想的なものと現実の関係に表れている。キングの原作では、内面の不安や抑圧と外部に存在する幽霊が結びつくことが崩壊の引き金になる。だがキューブリックは、『狼の時刻』と同じように、内面の狂気が生み出すもうひとつの世界が現実を侵食していく恐怖を描き出している。

 このような幻想の表現は、スティーブン・スピルバーグの初期の作品にもインスピレーションをもたらしているように思える。彼は『激突!』『ジョーズ』で、タンクローリーや巨大なサメを単に外部に存在するものとしてとらえているだけではない。特に『激突!』はわかりやすい。凶暴なタンクローリーの存在を認めているのは主人公だけで、それを運転しているはずの人間についても最後まで曖昧にされている。スピルバーグは個人の視点を強調することによって、抑圧された内面を描いてもいるのだ。


   《データ》
1952 『不良少女モニカ』

1956 『第七の封印』

1957 『野いちご』

1960 『処女の泉』

1966 『仮面/ペルソナ』

  『狼の時刻』

1972 『叫びとささやき』

(注:これは厳密なフィルモグラフィーではなく、本論で言及した作品のリストです)
 
 

■ ベルイマン作品の象徴03――女たちへの眼差し

 そして、最後に注目したいのが女性に向けられたベルイマンの眼差しだ。ゴダールは前掲同書で以下のように語っている。「彼は女たちを愛していて、だから女たちを観察しているのです……あたかも学者がするかのように……動物学者が資料としての側面をもった自分の研究対象の動物を観察するかのように、女たちを観察しているのです

 女性を題材にし、多くの監督たちに影響を及ぼしている作品といえば、やはり『ペルソナ』だろう。タルコフスキーは以下のように語っている。「ベルイマンの『ペルソナ』を観るたびに、私にはこの作品がまったく異なったことがら、対立矛盾したことがらについて語っている映画のように思える。毎回、私はこの作品をまったく別のもののように感じるのだ」(『タルコフスキイの映画術』)

 ロバート・アルトマンの場合は、ベルイマン作品のなかでも特に『ペルソナ』から直接的な影響を受けている。以下のような発言がそれを物語っている。「深い感銘を受けた映画だった。あの映画のせいで『イメージズ』と『三人の女』が生まれたといってもいい。これは確かだ。『ペルソナ』にはパワーがあった。あの力は何よりもひとりの女が話し、もうひとりは話さないという事情に負っていると私は思う」(『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』)

 その『イメージズ』では、夫の浮気を疑う主婦が過去の幻想にとらわれ、『三人の女』では、『ペルソナ』のようにふたりの女の間で人格が入れ替わるようなことが起こり、話さない女も登場する。リンチの『マルホランド・ドライブ』では、話す女と話さない女が、演じる女と記憶を失った女に置き換えられる。さらに、クシシュトフ・キェシロフスキの『ふたりのベロニカ』やフランソワ・オゾンの『スイミング・プール』、アトム・エゴヤンの『クロエ』といった作品も、おそらく女性を観察するベルイマンの眼差しと無縁ではない。

 このようにベルイマンの遺産は様々なかたちで現代の映画に引き継がれている。記憶や狂気や夢といった内面も含めた人間の在り様を映像を通して掘り下げようとすれば、彼が切り拓いた世界を避けて通るわけにはいかないだろう。

《参照/引用文献》
『ゴダール 映画史T・U』ジャン=リュック・ゴダール●
奥村昭夫訳(筑摩書房)
『ラース・フォン・トリアー――スティーグ・ビョークマンとの対話』
ラース・フォン・トリアー+スティーグ・ビュークマン●

オスターグレン晴子訳(水声社)
『ベルイマンの世界』ジャック・シクリエ●
浅沼圭司訳(竹内書店)
『タルコフスキイの映画術』アンドレイ・タルコフスキイ●
扇千恵訳(水声社)
『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』デヴィッド・トンプソン編●
川口敦子訳(キネマ旬報)

(upload:2014/09/18)
 
 
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