エミリー・ヤング・インタビュー
Interview with Emily Young


2004年11月 渋谷
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(初出:「キネマ旬報」2004年12月下旬号、若干の加筆)

 

 

生と死の境界、シンクロニシティ、そして神話

 

 映画『キス・オブ・ライフ』の主人公ヘレンは、父親と二人の子供たちとロンドンに暮らしている。夫のジョンは、国連のスタッフとして難民救済のためにクロアチアに滞在し、なかなか戻ってこない。夫からの電話で、ヘレンの誕生日に彼が戻らないことを知った彼女は、ひどく落胆し、口論となる。電話の後で後悔の念に駆られたジョンは、危険を押して国境に向かう。その頃、ヘレンは車にはねられ、命を奪われてしまう。しかし彼女は地上にとどまり、夫とのわだかまりを解き、家族に別れを告げようとする。

 死んでしまった人間の視点や意識、感情を描いた映画はもはや珍しいものではないが、エミリー・ヤング監督のこの長編デビュー作には、独自のアプローチがある。この映画では、生と死の間に明確な境界線が引かれることはない。死んだヘレン、残された家族、8ミリに刻まれた家族の思い出、彼らの夢や幻想など、すべてが同じ次元で描かれる。つまり、ヘレンだけが特別な存在になるのではなく、家族や彼らの家そのものが、生と死の狭間に置かれることになるのだ。

「私は、ヘレンが死後の世界に入ってしまうのではなく、まだ現実の世界と繋がり、現在時制が生きている世界を描きたかった。それが夢であれ現実であれ、登場人物たちにとってはどれもリアルなものであり、だからリアルなものとして対処する。彼らは傍観するのではなく、みんなその状況に参加している。これは三日間の物語ですが、その間、彼らは不確かな状況に置かれ、自分たちの問題と向き合っていく。映画の素晴らしいところは、観客を異なる世界やリアリティのなかに自然に引き込むことができるということです」

 そんなドラマのなかでも特に印象に残るのが、ヘレンと彼女の夫ジョンのコントラストだ。ロンドンの日常と戦火で荒廃したクロアチアでは、生と死の位相がまったく違う。ふたりが存在する世界には隔たりがあるが、ヘレンが車にはねられるときに、ジョンを乗せた車も人をはねそうになり、ジョンが息子の幻影を見るときに、ヘレンも反応するというように、彼らはシンクロニシティ(共時性)で繋がっている。

「脚本を書いている段階で、私の指針になっていたのがそのシンクロニシティでした。死の瞬間の強烈なインパクトというものが、シンクロニシティを生み出すと思ったからです。オカルトみたいに思われるかもしれませんが(笑)、私はシンクロニシティを信じています。お互いに愛し合っていれば、地理的な距離というのはあまり意味がないのかもしれません。ジョンの旅については、背景を具体的に決める前から、戦争で荒廃した場所というイメージを持っていました。彼が愛や生に目覚めていくためには、死の世界を通り過ぎなければならないということです。ロンドンに降る雨は、ヘレンにとっては死と繋がるものですが、ジョンにとっては違った意味を持ちます。これまで不毛の土地を旅してきた彼には、雨が解放にもなるのです」

 


◆プロフィール◆
エミリー・ヤング
1970年、イギリス生まれ。エジンバラ大学とペンシルヴァニア大学でイギリス文学を学んだ後、ウッジのポーランド国立映画学校の監督コースへ。在学中に2本の短編"The tower of babel" と "Second hand"を撮る。"Second hand" は99年にカンヌのシネフォンダシオン部門でグランプリを、台北映画祭のゴールデン・ライオン賞を、00年のブエノスアイレス・インディペンデント映画祭では審査員特別賞を受賞した。『キス・オブ・ライフ』はエミリーの長編デビュー作。現在は、ケヴィン・ローダー(『コレリ大尉のマンドリン』)をプロデューサーに迎え、アンドレア・アシュワースのベストセラー自伝「Once in a house of fire」の映画化に取りかかっている。
(『キス・オブ・ライフ』プレスより引用)
 

 


 生と死の狭間の世界で、ヘレンは生から死へ、ジョンは死から生へと向かう。そんなふたりの想いが交錯することによって、この映画は、死と再生をめぐる神話的な物語となる。

「私たちは、自分の愛する人を失ったときに、特に神話との繋がりを感じます。私たちの生は小さなものですが、それが生と死の大きなサイクルに取り込まれ、神話になっていくのだと思います。それから旅そのものも神話性を持っています。私たちは、過去の人々が旅をしてきたのと同じ理由で旅をつづけている。この物語の構想を練っているときに、私の頭にはホメロスの「オデュッセイア」がありました。それも、オデュッセウスのことではなく、彼の帰りを待つ妻のペネロペイア、彼女の待つという行為について考えていました。彼女の行為もまたひとつの旅であり、それがヘレンの立場に反映されています」

 この作品には、他のイギリス人監督とは異質な感性や表現がある。それは彼女が、ポーランド国立映画学校の監督コースで映画を学んだことと関係があるのかもしれない。

「ただ脚本が書きたいという欲求があるだけで、自分では違いを意識することはありませんが、他の監督ほどリアリズムにこだわっていないということはあると思います。ポーランドの学校を選択したのは、伝統的で、一貫した指針に基づいていて、イギリスのように脚本や台詞中心ではなく、ヴィジュアルを重視していたからです。それから、東欧圏に行きたいという気持ちもありました。違う伝統、映画作り、言語のなかで学んでみたかった。いまから振り返ると、これまでの環境から自分を解き放ちたくて、ポーランドに行ったのかもしれません」

 ヤング監督の次回作は、アンドレア・アシュワースの「Once in a house on fire」という自伝の映画化ということだが、そこにはこのデビュー作に通じるテーマがあるのだろうか。

「次の作品は、十代の少女に関する物語です。彼女は、私と同じように読書好きで、自分の想像力によって変わり、希望を叶えていく。貧困や虐待という厳しい家庭環境のなかで、そのサイクルを変えていくのです。今度はフィクションではなく、実話の映画化ですが、共通するテーマがあるとすればコミュニケーションということです。彼女がどのようにして世界に手を伸ばしていくのかを、観客に体験してもらえればと思っています」


(upload:2005/04/17)
 
 
《関連リンク》
エミリー・ヤング 『キス・オブ・ライフ』 レビュー ■
ウー・イーフォン 『命(いのち)――希望の贈り物』 レビュー ■
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