デヴィッド・クローネンバーグ・インタビュー
Interview with David Cronenberg


2003年
スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする/Spider――2002年/フランス=カナダ=イギリス/カラー/98分/ヴィスタ/ドルビーSRD
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(初出:「Pause」2003年)

 

 

「わたしの作品全般には、人間の絶望感とか恐怖、喪失感、
深い悲しみなどが根底にあるという共通点があります」
――『スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする』(2002)

 

 デヴィッド・クローネンバーグの新作『スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする』の主人公は、精神療養施設から出てきたと思しき男である。彼は、何かに憑かれたように日記を綴り、少年時代を詳細に再現していくことで、彼の人生を狂わせた母親の死に迫ろうとする。かつてスパイダーと呼ばれていた彼が張り巡らすそんな言葉の糸=フラッシュバックの映像は、イヴォンヌという娼婦に溺れた父親が、母親を殺害し、娼婦を家に引き入れたことを物語るが――。

 クローネンバーグのファンは、彼が繰り出すグロテスクな表現に期待しているかもしれない。パトリック・マグラアの原作小説には、食事をするスパイダー少年がジャガイモを切ると、なかから血が流れだしてくるなど、監督の想像力を刺激しそうなイメージが盛り込まれている。

「脚本の第一校にはジャガイモから血が流れる場面があり、実際に視覚効果のスタッフにそういったものを作ってもらったりもしたのですが、撮影に入ってみると、それが不要だと思えるようになりました。この映画で重要なのは少年の妄想、彼がイヴォンヌという女性を作り上げていることです。でも、いかにも妄想であるようには描きませんでした。妄想を抱いている人間自身は、それが妄想だとは思っていない。本当に見えていると信じ込んでいるわけです。そこで、血が流れるジャガイモなどを使ってしまうと、観客が現実との距離を感じてしまい、妄想の持つリアリティが薄れてしまう。また、作品がホラー映画のタッチになってしまうという危惧もあり、使うのをやめました。少年はイヴォンヌという妄想にとらわれ、母親が殺されたことを確信している。ある意味で、そんな記憶そのものが妄想なのです」

 グロテスクな表現はあくまでひとつの手段に過ぎない。たとえば、タイプライターが不気味な虫に変容するような表現が印象的な『裸のランチ』とこの新作は、映像のイメージはまったく違うが、人間の内面を見つめる視点には共通するものがある。

 クローネンバーグは『裸のランチ』で、明確なプロットもなく映画化が困難なウィリアム・S・バロウズの原作小説を無理やり映画にするのではなく、異なるアプローチを編みだした。自分の妻を誤って射殺したバロウズが、圧倒的な喪失感に苛まれ、書く以外に出口がないところまで追い詰められた事実に着目し、狂気と対峙しながら小説「裸のランチ」の世界を創造していく人間の物語を作り上げたのだ。


◆プロフィール◆

デヴィッド・クローネンバーグ
1943年3月15日、カナダ、トロント生まれ。トロント大学在学中に映画製作に興味を持ち、16ミリの短編を製作する。35ミリ初期の作品には『ステレオ/均衡の遺失』(69)や『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』(70)などがあり、こうした作品が後の作品の基本となった。商業的な映画を撮り始めたのは『デヴィッド・クローネンガーグのシーバース』(75)からで、その後、『ラビッド』(77)、『ザ・ブルード/怒りのメタファー』(79)などを作り、ホラー映画界の鬼才として注目されるようになった。

 

 


「おっしゃるように確かにこのふたつの作品には比較できる点がいくつかあると思います。共通しているのは、女性の死が作品を創造するきっかけになったということですね。『スパイダー』を作っているときに、『裸のランチ』を意識していたということはありませんが、そうした接点を否定することはできません。このふたつの作品だけでなく、わたしの作品全般には、人間の絶望感とか恐怖、喪失感、深い悲しみなどが根底にあるという共通点があります。そんなところに深い本質を見出すことができるかもしれません」

 クローネンバーグは、拭い去ることができないほどの絶望感や喪失感ゆえに、自己を見失っていく主人公の姿を通して、人間というものの複雑さや本性を描きだしているのだ。


(upload:2014/09/30)
 
 
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