スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする
Spider


2002年/フランス=カナダ=イギリス/カラー/98分/ヴィスタ/ドルビーSRD
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(初出:)

「私の記憶がまたしても私をだましたのだろうか?」

 カナダ出身の鬼才デイヴィッド・クローネンバーグは、登場人物たちが様々なかたちで肉体と精神のバランスを欠いていく状況を通して、人間というものの複雑さや本性を描きだしてきた。特に『ビデオドローム』や『ザ・フライ』といった作品では、壮絶な肉体の変容劇が強烈な印象を残すが、それはあくまでひとつの手段に過ぎない。

 パトリック・マグラアの同名小説を映画化した新作『スパイダー』では、そんな過激な表現を封印したドラマが逆にわれわれの想像力を刺激し、この監督ならではの主題が鮮明になっていく。

 この映画には、『裸のランチ』に通じる魅力がある。クローネンバーグは『裸のランチ』で、明確なプロットもなく映画化が困難なウィリアム・S・バロウズの原作を無理やり映画にするのではなく、まったく異なるアプローチを編みだした。妻を誤って射殺したバロウズが、圧倒的な喪失感に苛まれ、書く以外に出口がないところまで追い詰められた事実に着目し、狂気と対峙しながら「裸のランチ」を創造していく人間の物語を作り上げた。

 『スパイダー』もまた、母親の死という圧倒的な喪失と書くことをめぐる物語だが、ふたつの要素の関係は『裸のランチ』とは逆になっている。精神療養施設から出てきたと思しき主人公は、憑かれたように日記を綴り、少年時代を詳細に再現することで、彼の人生を狂わせた母親の死に迫っていく。

 かつてスパイダーと呼ばれていた主人公が、まわりに張り巡らしていくそんな言葉の糸は、パブで客を漁る娼婦に溺れた父親が、母親を殺害し、娼婦を家に引き入れたことを物語る。だが、記憶が真実を語っているとは限らない。


 
◆スタッフ◆

監督/脚本/製作   デイヴィッド・クローネンバーグ
David Cronenberg
原作/脚本 パトリック・マグラア
Patrick McGrath
撮影 ピーター・サシツキー
Peter Suschitzky
編集 ロナルド・サンダース
Ronald Sanders
音楽 ハワード・ショア
Howard Shore

◆キャスト◆

デニス・クレッグ(スパイダー)   レイフ・ファインズ
Ralph Fiennes
クレッグ夫人 ミランダ・リチャードソン
Miranda Richardson
ビル・クレッグ ガブリエル・バーン
Gabriel Byrne
少年時代のスパイダー ブラッドリー・ホール
Bradley Hall
ウィルキンソン夫人 リン・レッドグレーヴ
Lynn Redgrave
テレンス ジョン・ネヴィル
John Neville
フレディ ゲイリー・ライネック
Gary Reineke
ジョン フィリップ・クレイグ
Philip Craig
(配給:ブエナビスタ)

 パトリック・マグラアの原作にはこんな記述があった。「日記をつけるのは、過去と現在の区別が曖昧になるのを防ぐためだったはずなのに、むしろつけはじめてからの方が混乱はひどくなった」「私の記憶がまたしても私をだましたのだろうか?

 フラッシュバックで再現される主人公の過去からは、微妙に揺れる少年の心理が浮かび上がってくる。少年は、彼をおいてパブに行こうとする両親が庭先で激しく抱き合う姿を目撃する。母親は、父親の態度が冷淡になると、関心を自分に引き戻そうとあれこれ着飾り、女であろうと心がける。

 少年はそんな母親のなかに、密かに彼を裏切り、しかしこれまでとは違う意味で彼を惹きつけてやまない娼婦を見ているのである。


(upload:2010/09/05)
 
 
《関連リンク》
デイヴィッド・クローネンバーグ ■
デイヴィッド・クローネンバーグ・インタビュー
――『スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする』
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『裸のランチ オリジナル・サウンドトラック』 レビュー ■
『ヒストリー・オブ・バイオレンス』 レビュー ■
カズオ・イシグロ・インタビュー ■

 
 
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