ワイルド わたしの中の獣
Wild Wild (2016) on IMDb


2016年/ドイツ/カラー/97分/
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(初出:「CDジャーナル」2017年1月号)

 

 

オオカミとの出会いと駆け引きを通して
ヒロインは純粋な“瞬間”に目覚めていく

 

[ストーリー] 職場と自宅の往復で無機質な毎日を過ごす女性アニア。彼女はある日、自宅マンションの前に広がる森で一匹のオオカミを見かける。オオカミは彼女をじっと見つめ、再び森の中に姿を消した。

 嫌な上司ボリスにこき使われ、冴えない毎日を過ごしていたアニアは、初めて触れる‘野生’に心をかき乱され、激しく惹かれていく。次第にオオカミに執着するようになった彼女はあらゆる手を尽くし、ついに捕らえて自分の高層マンションに連れ込む。

 狭い部屋で暴れるオオカミに最初は命の危険を感じるが、次第に“彼”と心を通わせ、彼女が秘めていた欲望が露になっていく。アニアは“彼”の虜になり、食事を用意し、同じ部屋で眠り、まるで恋人であるかのように接し愛し始める。

 彼女は次第に野生に取り込まれ、人間として常軌を逸脱する行動をとり始める。その様子に戸惑う周囲の人々。しかし、上司のボリスはそんな彼女の変化を気に入り関心を寄せる。そして心の隙間を埋めるかのようにアニアは上司と関係を持っていく。果たして人と獣の狭間で生きる彼女を待ち受ける運命とは――。[プレスより]

 ドイツ映画界で女優として活躍したあと、監督業にも進出して注目されるニコレッテ・クレビッツの最新監督作です。ヒロイン、アニアを演じるのは、ラース・クラウメ監督の『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』(15)でも存在感を放っていたリリト・シュタンゲンベルク。ケイト・ショートランド監督の『さよなら、アドルフ』(12)で鮮烈な印象を残したザスキア・ローゼンダールがヒロインの妹ジェニーを演じています。

[以下、本作のレビューになります]


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ニコレッテ・クレビッツ
Nicolette Krebitz
撮影 ラインホルト・フォルシュナイダー
Reinhold Vorschneider
音楽 テラ・ノヴァ、ジェイムズ・ブレイク
Terranova, James Blake
 
◆キャスト◆
 
アニア   リリト・シュタンゲンベルク
Lilith Stangenberg
ボリス ゲオルク・フリードリヒ
Georg Friedrich
ジェニー ザスキア・ローゼンダール
Saskia Rosendahl
キム ジルク・ボーデンベンダー
Silke Bodenbender
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(配給:ファインフィルムズ)
 

 女優だけでなく監督としても活躍するニコレッテ・クレビッツが手がけたドイツ映画『ワイルド わたしの中の獣』では、ひとりの女性とオオカミの関係が鋭く掘り下げられていく。

 自宅と職場を往復する単調な生活を送るアニアは、ある日、マンションの前に広がる林で一頭のオオカミを目にする。その存在が頭から離れなくなった彼女は、獲物を追い込む巻狩りでオオカミを捕獲し、自宅に運び込む。彼女は性的な欲望を抱いているようだが、人間が想定する枠組みにオオカミが収まるはずもない。やがて彼女は野生に目覚めていく。

 では、野生に目覚めるとはどういうことなのか。この映画を観ながら筆者が思い出していたのは、哲学者のマーク・ローランズが書いた『哲学者とオオカミ』のことだ。本書では、オオカミと暮らした経験を通して、人間であることの意味が掘り下げられる。

 ローランズは、サルを人間が持つ傾向のメタファーとして使う。「サルとは、生きることの本質を、公算性を評価し、可能性を計算して、結果を自分につごうのよいように使うプロセスと見なす傾向の具現化だ」。だからこそサルは、知能を発達させ、文明化することができた。そんなサルとオオカミはどこが違うのか。

「オオカミはそれぞれの瞬間をそのままに受け取る。これこそが、わたしたちサルがとてもむずかしいと感じることだ。わたしたちにとっては、それぞれの瞬間は無限に前後に移動している。それぞれの瞬間の意義は、他の瞬間との関係によって決まるし、瞬間の内容は、これら他の瞬間によって救いようがないほど汚されている。わたしたちは時間の動物だが、オオカミは瞬間の動物だ」

 主人公のアニアは、オオカミと暮らすために様々な準備をする。狩猟法を調べ、たまたま出会った外国人労働者たちに手伝わせて林を囲む幕を作り、自宅の壁をくり抜いて覗き穴にする。それはまさに時間の動物がやることだ。しかし、捕獲したオオカミに翻弄され、社会生活が破綻していくに従って、オオカミとの距離は縮まっていく。映画の終盤は、時間に囚われた人間の目から見れば悲惨な状況といえるが、そこで彼女は汚されていない純粋な“瞬間”を見出すことになる。

《参照/引用文献》
『哲学者とオオカミ 愛・死・幸福についてのレッスン』マーク・ローランズ●
今泉みね子訳(白水社、2010年)

(upload:2017/01/21)
 
 
《関連リンク》
ラース・クラウメ 『アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男』 レビュー ■
ケイト・ショートランド 『さよなら、アドルフ』 レビュー ■
マーク・ローランズ 『哲学者とオオカミ』 レビュー ■

 
 
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