ブライアン・シンガー監督の『ワルキューレ』は、ヒトラー暗殺計画の実話に基づいている。この作品で最初に注目しておきたいのは、シンガーとクリストファー・マッカリーの監督・脚本家コンビが復活していることだ。シンガーはマッカリーと組んで作ったデビュー作の『パブリック・アクセス』と二作目の『ユージュアル・サスペクツ』で成功を収め、監督としての地位を築いた。
この二作品はまったくタイプの異なる作品だが、そこでは“虚像の力学”とでもういうべき共通のテーマが掘り下げられていた。まだ無名だったシンガーは、大統領選に立候補したロス・ペローが七億ドルでテレビの時間を買い取り、大統領になろうとしているという話題にインスパイアされ、高校時代からの友人マッカリーに脚本を依頼し、『パブリック・アクセス』が生まれた。
この映画では、ありふれたスモールタウンに正体不明の男が現れ、ケーブル・テレビのファミリー・アワーの時間を買い取り、自ら進行役となって住民が電話で自由に参加できる番組を始める。番組はコミュニティに求心力を生み出し、不満や批判が炙り出されていくが、その後に恐ろしい展開が待ち受けている。住民たちは男に操られ、結局、この町は崩壊していくことになる。
大ヒットした二作目の『ユージュアル・サスペクツ』では、貨物船爆破をめぐって、“常連容疑者(ユージュアル・サスペクツ)”とニューヨーク市警や関税局の面々が、匿名の情報とカイザー・ソゼという謎の人物に操られていく。つまり、どちらの作品でも、虚像に操られ、からめとられていく集団の姿が浮き彫りにされる。
『ワルキューレ』もまたそんな虚像の力学と無縁ではない。この映画では最初に、トレスコウ少将を中心としたヒトラー暗殺計画の顛末が描かれる。彼は酒に仕込んだ爆弾でヒトラーを搭乗機ごと吹き飛ばそうと計画するが、爆弾は作動せず、失敗に終わる。そのトレスコウ少将から使命を託されたシュタウフェンベルク大佐も、狼の巣で行われる会議の際に爆弾を仕掛けるが、シンガーとマッカリーが関心を持っているのは、必ずしも暗殺そのものではない。
新しい計画の首謀者シュタウフェンベルク大佐は、ヒトラーを抹殺するだけではなく、クーデターなどに備えた危機管理オペレーション<ワルキューレ作戦>を利用して政権を掌握しようとする。そして、シンガーとマッカリーの関心は、ヒトラーとシュタウフェンベルクという両極の狭間にいる人物たちに向けられる。
この暗殺計画を成功させるためには、志を同じくする上層部のチームワークが必要になる。<ワルキューレ作戦>の発動権を持つフロム将軍は、計画を薄々察知しながら黙認し、態度を留保する。ドイツの敗色が次第に濃くなり、ヒトラーはもはや絶対的な存在ではない。
しかし、暗殺と同時にフロム名義で作戦を発動するはずのオルブリヒト将軍は、ヒトラーの安否が確認できないために行動を躊躇する。そのために大きく時間をロスした後でクヴィルンハイム大佐が<ワルキューレ作戦>を発動するが、ヒトラーの安否をめぐって両極から死亡と生存の情報が流れ、まったく逆の命令が下され、混乱に陥っていく。
反ヒトラー一派に迷いがなければ歴史は変わっていたかもしれない。この映画からは、激しい圧力と緊張と混乱のなかで虚像にからめとられていく集団の姿が見えてくる。 |