ヴェルサイユの宮廷庭師
A Little Chaos A Little Chaos (2014) on IMDb


2014年/イギリス/カラー/117分/スコープサイズ/5.1ch
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(初出:『ヴェルサイユの宮廷庭師』劇場用パンフレット)

 

 

喪失の痛みを持つ者たちの、自然との共鳴

 

[ストーリー] 1682年フランス。田園地方の庭園で、ひとりで生きるサビーヌの元に、予想もしない仕事のオファーが舞い込んだ。フランス国王ルイ14世が計画する新たなる王宮の庭園建設に白羽の矢が立ったのだ。

 国王の庭園建築家アンドレ・ル・ノートルとの面接を受けるが、伝統と秩序を重んじる彼と対立してしまう。しかし、自由な精神で庭と向き合う彼女の言葉が忘れられず、ル・ノートルは宮殿における中心的な庭園造りをサビーヌに任せることにする。大きな可能性を秘める彼女に、ル・ノートルは少しずつ心魅かれていく――。[プレスより]

 『ウィンター・ゲスト』(97)で監督としても評価されたアラン・リックマンが、監督・共同脚本・出演を兼ねた作品です。ヒロイン、サビーヌをケイト・ウィンスレット、ル・ノートルを『君と歩く世界』(12)のマティアス・スーナールツが演じています。

[以下、レビューのテキストになります]

 ヴェルサイユ宮殿の造営という大事業を背景にした『ヴェルサイユの宮廷庭師』では、歴史上の人物たちと架空の女性造園家サビーヌ・ド・バラが巧みに結びつけられ、独自の世界が切り拓かれていく。宮廷付き造園家ル・ノートルから<舞踏の間>の造園を任されたサビーヌは、伝統に縛られない感性によって国王ルイ14世やル・ノートルを魅了していく。

 では、そんな感性の源はどこにあるのか。この映画では、主人公たちがそれぞれに自然と関わりを持っているが、自然に対する認識や自然との距離はまったく異なる。ルイ14世は、自然を切り拓き、思いのままに変えてみせることで威光を示そうとする。国王が納得する庭園を造る使命を背負うル・ノートルは、人間が考える揺るぎない秩序に自然を取り込もうとする。

 これに対してサビーヌは、田園のなかで土にまみれて生きている。この映画の前半では、ル・ノートルとの面会を終えて戻った彼女が、複数の幹が奇妙な曲線を描いて四方に広がる老木に腰を下ろす姿が印象に残る。その光景は、彼女が自然の側に立ち、独自の感性を培っていることを示唆している。

 しかし、この3者をめぐるドラマから浮かび上がるのは、人間が生み出す権力と自然とのコントラストだけではない。サビーヌが自然に惹かれるのは、彼女が重い過去を背負っていることと無関係ではない。たとえば、彼女が作業を終え、爪の間に入った土を取り除いている時には、どこからともなく犬と戯れる子供の声が聞こえてくる。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   アラン・リックマン
Alan Rickman
脚本 アリソン・ディーガン、ジェレミー・ブロック
Alison Deegan, Jeremy Brock
撮影監督 エレン・クラス
Ellen Kuras
編集 ニコラス・ガスター
Nicolas Gaster
音楽 ピーター・グレッグソン
Peter Gregson
 
◆キャスト◆
 
サビーヌ・ド・バラ   ケイト・ウィンスレット
Kate Winslet
アンドレ・ル・ノートル マティアス・スーナールツ
Matthias Schoenaerts
ルイ14世 アラン・リックマン
Alan Rickman
フィリップ1世(オルレアン公) スタンリー・トゥッチ
Stanley Tucci
マダム・ル・ノートル ヘレン・マックロリー
Helen McCrory
ティエリー・デュラス スティーヴン・ウィディントン
Steven Waddington
モンテスパン公爵夫人 ジェニファー・イーリー
Jennifer Ehle
ウーナー ブロナー・ギャラガー
Bronagh Gallagher
-
(配給:KADOKAWA)
 

 造園の構想を練るうちに寝入ってしまった時には、突然、母親を呼ぶ声が聞こえ、反射的に返事をする。宮廷人が催す野遊びに参加した時には、林のなかを走り抜けていく子供の姿を目にする。彼女は喪失の痛みに苛まれ、見えないものを追い求め、人間よりも遥かに大きな世界である自然のなかに救いを求めようとする。ル・ノートルが彼女を案内する神殿は、そんな心情を象徴する空間といえる。

 そして、自然の側に立つサビーヌが喪失の痛みを抱えているからこそ、ルイ14世との偶然の出会いがより印象深いものになる。王妃を亡くし、悲嘆にくれる国王は、お忍びで菜園を訪れ、宮廷の息苦しさから逃れようとする。彼は身を引き裂かれるような思いをしていることだろう。どんなに大きな権力を持っていても、死という運命を変えることはできない。それでも、自然を思いのままに変える造園によって威光を示さなければならないからだ。そんな国王は、サビーヌと出会うことでこれまでとは違うかたちで自然に触れ、癒されていく。ふたりの心が通い合うのは、ともに喪失の痛みを抱えているからでもある。

 この映画でルイ14世を演じるだけでなく、監督も兼ねるアラン・リックマンは、主人公たちと自然との関係を巧みに描き分け、喪失の痛みを抱えて揺れる複雑な心理を繊細に描き出している。ケイト・ウィンスレットはサビーヌにぴたりとはまっている。強いヒロインを演じる女優はたくさんいるが、自然を味方につけて内から生命力が溢れてくるようなキャラクターは、彼女が最も映えるように思う。さらに、『君と歩く世界』で、一見粗野に見えて、内面では複雑な葛藤を抱えている男を演じて注目されたマティアス・スーナールツも、寡黙に見えながら、国王と契約結婚とサビーヌの狭間で葛藤するル・ノートルを好演している。

 最後に、この映画に埋め込まれた円のイメージにも注目しておきたい。馬車の車輪がしばしば不穏な空気を漂わせるのは、サビーヌの過去と結びつけられているからだが、そこには同時に運命の転機も示唆されている。サビーヌが耳にする犬と戯れる子供の声は、直後に馬車の響きに変わり、彼女の前にル・ノートルが現われる。サビーヌが馬車で菜園に向かう場面でも、車輪が強調され、不穏な空気が漂うが、その後には国王との幸運な出会いが待っている。こうした演出は、サビーヌが造り上げていく<舞踏の間>が円をモチーフにしていることと無関係ではない。彼女を過去に縛りつけてきた車輪は、最後に美しい<舞踏の間>に変わる。それは彼女が過去を乗り越えたことを物語ってもいる。


(upload:2016/03/05)
 
 
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