ウィークエンドはパリで
Le Week-End


2013年/イギリス/カラー/93分/スコープサイズ/5.1ch
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(初出:)

 

 

くぐり抜けてきたジレンマや挫折を通して
深い絆を確認する老夫婦

 

[ストーリー] ある週末、30年目の結婚記念日を祝うためかつての新婚旅行先パリへとやって来た、イギリス人夫婦――心配性な夫ニックと、好奇心旺盛な妻メグ。思い出のホテルに到着した二人は、記憶との違いに唖然。メグの思いつきで、二人は高級ホテル プラザアテネに乗り込み、ブレア首相も滞在したという最高級スイートにチェックインする。凱旋門や美術館を巡り、フランス料理にワインと旅を満喫するメグだったが、ニックの「大学からクビを宣告された」という告白をきっかけに、夫婦は長年心に抱えてきた不満をぶつけはじめる。

 そんな時、街で偶然ニックの大学時代の友人モーガンと出会う。人気作家として名誉と富を手にした彼の出版記念パーティに招待され、懐かしさと劣等感に引き裂かれるニック。出席者たちの前で、メグが明かした夫への“本当の想い”とは――。

 夫のニックは大学で哲学を、妻のメグは中学校で生物を教えている。インテリのカップルといっていいだろう。ニックはサルトルやベケットを敬愛している。若い頃の彼らは、ゴダールの『はなればなれに』を真似てマディソン・ダンスを踊った。自分たちをサルトルとボーヴォワールに重ねてみるようなこともあったかもしれない。

 しかしいまは、バーミンガムのサバービアに暮らす中流の老夫婦である。彼らの息子は家を出て、家庭を持っているが、ふたりの会話から察するに、精神的にも経済的にも独立しているとはいえない。そんな息子に救いの手を差しのべるかどうかでふたりの意見はわかれる。彼ら自身も経済的にさほど余裕があるわけではない。結婚記念日を祝う旅はもちろん大切だが、あまり浪費をすれば前々から計画していた家の修繕に響くことになる。ニックはそれを心配するが、メグは人生を楽しむことを優先する。

 これは長年連れ添った夫婦であれば、誰にでも当てはまるような物語に見えるが、夫婦がニックの大学時代の友人モーガンに偶然出会うことで異なる側面が見えてくる。そこで注目したいのが、脚本を手掛けている作家/脚本家のハニフ・クレイシだ。彼は、かつてスティーヴン・フリアーズ監督と組んだ『マイ・ビューティフル・ランドレット』や『サミー&ロージィ』などで、サッチャリズムと人種、ジェンダーの複雑な関係を色濃く反映した脚本を手がけてきた。そうした政治的な視点は、社会を動かす力が政治から経済に移行したあとも失われたわけではない。


◆スタッフ◆
 
監督   ロジャー・ミッシェル
Roger Michell
脚本 ハニフ・クレイシ
Hanif Kureishi
撮影監督 ナタリー・デュラン
Nathalie Durand
編集 クリスティーナ・ヘザーリントン
Kristina Hetherington
音楽 ジェレミー・サムズ
Jeremy Sams
 
◆キャスト◆
 
ニック・バロウズ   ジム・ブロードベント
Jim Broadbent
メグ・バロウズ リンゼイ・ダンカン
Lindsay Duncan
モーガン ジェフ・ゴールドブラム
Jeff Goldblum
マイケル オリー・アレクサンデル
Olly Alexander
イブ ジュディス・デイヴィス
Judith Davis
-
(配給:樂舎)
 

 たとえば、小説『ぼくは静かに揺れ動く』(98)では、物語の語り手である主人公の心情が以下のように表現されている。

ぼくらはサッチャリズムを拒絶もすれば、軽蔑もしていたが、自分たち自身の観念的な思い込みに夢中になるあまり、それがいったいどんな主張をしているのか、まるで見えていなかった。といっても、自分たちがサッチャリズムと闘わなかったというわけではない。炭鉱夫たちのストライキがあったし、ワッピングでの闘争があった。ぼくらは気力を喪失し、混乱したままの状態にさせられた。すぐにもぼくらは自分たちが何を信じていたのかわからなくなった。左翼にとどまり続けたものもいれば、性の政治学に逃げ込んだ者もいたし、サッチャー支持者に転向した者もいた。ぼくらは労働党の足を引っ張った一般大衆だった。
 それでもぼくは強欲さが政治的信条として高く評価されることがどうしても理解できなかった。底知れぬ不平不満やしあわせが実現しないことに基づいて政治的綱領打ち立てようとする人がいるのはどうしてなのか? たぶんそれこそが彼らの訴えだったのだろう。実際の話、贅沢な暮らしが約束されることで、人は果てしない労働へと駆り立てられていたのだ
」(※訳文では「サッチャーリズム」だが、「サッチャリズム」で統一した)

 具体的に描かれるわけではないが、この映画の老夫婦もまた、そのようなジレンマや挫折をくぐり抜けてきていることは間違いない。さらに、ふたりが出会う旧友モーガンがアメリカ人であることも偶然ではないだろう。成功を収め、再婚して優雅に暮らすモーガンが、市場主義を象徴しているとまでいうつもりはないが、彼とニックの間には見えない一線が引かれている。いまも胸のうちで左翼に愛着を持つニックは、自身の不遇な人生を嘆きはするものの誇りまでは失っていない。そして、メグも夫の複雑な心情を理解している。

《参照/引用文献》
『ぼくは静かに揺れ動く』 ハニフ・クレイシ●
中川五郎訳(アーティストハウス、2000年)

(upload:2014/09/07)
 
 
《関連リンク》
ロジャー・ミッシェル 『ゴヤの名画と優しい泥棒』 レビュー ■
サッチャリズムとイギリス映画―社会の急激な変化と映画の強度の関係 ■
ハニフ・クレイシ 『ぼくは静かに揺れ動く』 レビュー ■

 
 
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