だから、危機を訴えるだけでなく、以下のような疑問も提示される。
「研究者たちは、揺るぎないデータを示しながら、このまま手をこまねいていたら地球にどんな危機が起きるか、耳を傾ける人に熱心に説いてきた。そしてなりゆきをじっと見ていたが、何年たって何も始まらない。それでも彼らは、メッセージを届ける戦略を幾度も練りなおしては再挑戦してきた。研究者自身は何をすべきかわかっている。だからほんとうは大騒ぎする必要はない。ではなぜ、誰も彼らの話に耳を傾けないのか? 伝えかたの問題? それ以外にどんな理由があるだろう」
つまり本書には、地球温暖化に付随する別の問題も取り上げられている。たとえば、地球温暖化による気候変動がティモシー・モートンの提唱する「ハイパーオブジェクト」にあたることだ。
「ハイパーオブジェクトとは、インターネットのようにその全貌を的確にとらえることがけっしてできない壮大かつ複雑な概念だ。気候変動には、規模や範囲、威力など数多くの特徴があり、それらが合わさって、より高度で不可解な概念カテゴリーを形成していく」
インド人の作家アミタヴ・ゴーシュについては、筆者もキラン・デサイの『喪失の響き』やガブリエーレ・サルヴァトーレス・インタビューなどで触れたことがあるが、本書には、地球温暖化とフィクションに関してゴーシュが抱いた疑問が紹介されている。ゴーシュは、地球温暖化や自然災害がなぜ現代フィクションの関心事にならないのか、現代世界に起きる気候崩壊を正しく想像して、描写することをなぜしないのか、温暖化の「危機」に現実感を持たせることをなぜしてこなかったのか、と疑問を投げかける。
「ゴーシュの答えはこうだ。気候変動が包含するジレンマやドラマは、従来の小説のように良心の旅を強調し、高揚と希望で終わりを迎える自分語りの物語と相いれない。それが小説の定義というわけではないが、私たちの手持ちの道具で語る主題としては、気候変動は組みあわせが悪すぎるのだ。ゴーシュの問いかけは、筋だてに地球温暖化を登場させるコミック原作の映画にも当てはまる。<デイ・アフター・トゥモロー>をはじめ、近未来の設定で、地球温暖化を描いている映画がどれも感傷的で説教くさいのも同じ理由だろう。ヒーローは誰で、何をするのかはっきりしない。みんなでがんばる話は、ドラマとしては退屈なのだ」
さらに、著者が、気候変動に対する不安をごまかすための思いこみと指摘しているものを、いくつか抜き出しておこう。「進行がゆっくりであること」「しょせん遠い北極の話にすぎない」「地球温暖化には経済で対抗できる」「経済成長を続けるためには、石油や石炭などの化石燃料を燃やすのもしかたない」「技術の進歩が、環境崩壊からの脱出を可能にする」「人類は長い歴史のなかで、規模も範囲も似たような脅威をすでに克服してきた」
本作では、地球温暖化が彗星衝突に置き換えられているので、地球温暖化に付随する問題に注目しても意味がないと思われるかもしれないが、そこに繋がりを感じるのは筆者だけではないだろう。
ランドールやケイトと対面したオーリアン大統領と息子で大統領補佐官のジェイソンは、これまで「世界が終わる」が何件あったか、と問い返し、経済破綻や核兵器、排ガスによる環境破壊、干ばつ、飢饉、疫病、人口増加、オゾンホールといった危機を挙げていく。
大統領は、中間選挙を間近に控えて、最高裁判事の任命をめぐるスキャンダルで窮地に立たされ、これ以上、問題を抱えるのは命取りになるため、彼らの訴えを黙殺する。だが、スキャンダルが泥沼化して打つ手がなくなると、今度は彗星衝突の政治利用へと方向転換し、核爆弾で彗星の軌道を変えるミッションを遂行しようとする。しかも、ランドールが突っ込みを入れるように、遠隔操作も可能でありながら、熱烈な愛国者ドラスク大佐をヒーローに仕立てることで、求心力の回復を狙う。
ところが、派手に打ち上げられたシャトルは、途中でUターンしてしまう。ミッションに横やりを入れたのは、政府に多大な影響力を持つ大富豪のスマホ会社のCEO、ピーターだ。巨大彗星には、レアアースなど少なくとも32兆ドル 相当の希少物質が含まれていることがわかり、彼はそれを採掘する計画を立てていた。危機がとんでもない好機になるという彼の主張を鵜呑みにした大統領は、「ドント・ルック・アップ」というスローガンを掲げ、アメリカは分断されていく。
マッケイにとって、ウォレス・ウェルズの『地球に住めなくなる日』は、本作の出発点になっているだけではない。彼は、アメリカの新しい動画配信サービス「HBO Max」のプログラムのひとつ、本書をベースにしたその名も「Uninhabitable Earth」というシリーズの製作総指揮を手がけている。おそらくそちらでは、なかなかフィクションでは描くのが難しい、「ハイパーオブジェクト」としての地球温暖化の実態が浮き彫りにされることになるだろう。 |