『デッドマン・ダウン』は、『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』で成功を収めたデンマーク人監督ニールス・アルデン・オプレヴのハリウッド進出作となるサスペンス・アクションだ。
主人公は、裏社会で不動産業を牛耳るアルフォンスの下で働く殺し屋ヴィクター。アルフォンスは正体がわからないやからからの執拗な脅迫に悩まされ、そんなボスを見つめるヴィクターには別の顔がある。妻子を殺され、自分も殺されかけた彼は、名前を変え、素性を隠し、密かに復讐の計画を進めている。
そんなとき、向かいのマンションに住む顔見知りの女ベアトリスが、ヴィクターに接触してくる。彼女の顔には交通事故による生々しい傷跡があった。自宅のバルコニーから彼が人を殺すのを目撃し、撮影していたベアトリスは、事故によって彼女の未来を奪った男の殺害を依頼する。
ふたつの復讐が絡み合い、予想外の展開をみせるドラマには、同様のジャンルのアメリカ映画とは異なるテイストがある。プレスによれば、オプレヴ監督は、彼のもとに送られてきた250本もの企画のなかからこの脚本を選び出したという。
筆者にとってちょっとした発見だったのは、その脚本を書いたJ・H・ワイマンの経歴だ。カリフォルニア州生まれ。カナダのモントリオールで育ち、フランス映画に入れ込む。ブラッド・ピット主演の『ザ・メキシカン』(01)で製作と脚本を務め、ハリウッドでのキャリアを歩み始めた。
フランス語圏であるモントリオールであればフランス映画との接点が広がるのも不思議はないが、筆者が興味を覚えたのは、フランス映画の影響というような単純なことではない。「“モザイク”と呼ばれるカナダの多文化主義の独自性と功罪」やキム・グエン監督のカナダ映画『魔女と呼ばれた少女』のレビューで書いたように、カナダには二言語併用主義/多文化主義という政策があり、特にケベック州出身のクリエイターには、他者や異文化といったテーマを掘り下げる傾向がある。
どうやらJ・H・ワイマンも例外ではない。ゴア・ヴァービンスキーが監督した『ザ・メキシカン』が筆者のお気に入りの映画であることは、『ローン・レンジャー』のパンフにも書いたが、そこでは確かに他者や異文化が意識されている。
ブラッド・ピット扮するダメ男は、伝説の拳銃を受け取るためにメキシコという異郷を飛び回り、メキシコ人のものである銃が最終的に誰の手に渡るのかがポイントになる。さらにサブプロットでは、ダメ男の妻が夫のトラブルに巻き込まれてギャングに拉致されるが、奇妙な成り行きで、ゲイであることが抑圧になっているそのギャングの心を解きほぐしていくことになる。こちらも他者に絡むエピソードだといえる。 |