ディボーシング・ジャック
Divorcing Jack


1998年/イギリス/カラー/110分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
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(初出:「CDジャーナル」2001年7月号、若干の加筆)

深刻な紛争からブラック・ユーモアに満ちた
物語を紡ぎ出す作家ベイトマンに注目する

 コリン・ベイトマンというアイルランド出身の面白い作家がいる。彼は深刻なアイルランド紛争からブラック・ユーモアに満ちた痛快な物語を紡ぎだす。彼の小説の登場人物たちはいつも、とんでもないトラブルに巻き込まれるか、あるいは、気づかぬうちに他人をトラブルに巻き込んでいく。

 たとえば、長編2作目となる『Cycle of Violence』の物語は、カトリックとプロテスタントのパブが一軒ずつあり、住人が飲んではお互いを罵りあっている田舎町を舞台に展開する。地元の新聞記者が蒸発してしまい、記者である主人公が助っ人としてベルファストからやって来る。

 彼は、奇妙な成り行きで蒸発した記者の恋人と恋に落ち、彼女の心の傷になっている過去の事件のことを調べだす。それは紛争とは何の関係もない事件だったが、彼の調査が知らないうちに紛争の歯車を動かし、秘密を抱えた紛争の当事者たちが次々と悲惨な死を遂げていく。

 4作目の『Empire State』では、紛争の暴力から逃れるためにアメリカに渡り、エンパイア・ステートビルの警備員になった主人公が、アイルランド人ならではの短気な性格が災いし、気づいてみれば合衆国大統領を人質にビルに立てこもっている。

 主人公にしてみれば、成り行きでそうなってしまっただけなのに、容疑者がアイルランド人と判明すると、外部では様々な憶測が飛び交う。暴力から逃げだしたはずの彼は、遠いアメリカで紛争を象徴する人物にされ、暴力の真っ只中に引きずり込まれてしまうのだ。

 デヴィッド・キャフリー監督の『ディボーシング・ジャック』は、そんなベイトマンの成功の出発点となった同名のデビュー長編の映画化で、ベイトマン自身が脚本も手がけている。


◆スタッフ◆
 
監督   デヴィッド・キャフリー
David Caffrey
原作/脚本 コリン・ベイトマン
Colin Bateman
撮影 ジェームズ・ウェランド
James Welland
編集 ニック・ムーア
Nick Moore
音楽 エイドリアン・ジョンストン
Adrian Johnston
 
◆キャスト◆
 
ダン・スターキー   デヴィッド・シューリス
David Thewlis
リー・クーパー レイチェル・グリフィス
Rachel Griffiths
パット・キーガン ジェイソン・アイザックス
Jason Isaacs
マーガレット ローラ・フレイザー
Laura Fraser
パーカー リチャード・ガント
Richard Gant
パトリシア レイン・メーガウ
Laine Megaw
マイケル・ブリン ロバート・リンゼイ
Robert Lindsay
-
(配給:アット・エンタテインメント)
 
 

 この作品でトラブルに巻き込まれるのは、妻とベルファストに暮らす飲んだくれのコラムニスト、ダン・スターキー。彼はたまたま公園で出会った女子大生に手を出し、妻に家を追い出される。ところがその女子大生は何者かに襲われ、“ディボーシング(離婚する)・ジャック”という謎めいたメッセージを彼に残して絶命する。

 しかしトラブルはそれで終わらない。今度はスターキーの妻が何者かに誘拐されてしまう。そしてこの主人公は、気づいてみれば、警察、英国軍、IRAなど紛争に絡むすべての勢力から追われる身となっている。

 スターキーを演じるデヴィッド・シューリスを筆頭に、テロリスト役のジェイソン・アイザックスなど、キャストもみなはまっていて、たたみかける展開もよくできている。だが、やはり一番光っているのは、脚本も手がけたベイトマンのセンスだ。

 この映画は単に紛争を面白おかしく描いているだけではない。泥沼化した紛争には、裏切りや仲間割れ、陰謀、誤解などがうずたかく積み上げられ、混乱をきたしている。そんな状況では、敵と味方、被害者と加害者、当事者と無関係な人間、事実と作り話、深刻な現実とブラック・ユーモアが、いつ転倒してもおかしくないような紙一重のところにある。この映画が痛快かつリアルなのは、そんな紙一重を鋭く突いているからなのだ。


(upload:2012/06/18)
 
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