タルーラ 〜彼女たちの事情〜
Tallulah


2016年/アメリカ/英語/カラー/111分
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(初出:)

 

 

それぞれに居場所を失い、現実逃避する3人の女性たちが
赤ん坊の誘拐をきっかけに図らずも自己と向き合うことに

 

[Introduction] 女優志望から監督/脚本家を目指すようになったシアン・ヘダーの長編デビュー作。その物語は、彼女自身の個人的な体験が出発点になっている。ヘダーは下積み時代に、ホテルでベビーシッターとして働いていたことがあり、酷い母親に遭遇することがあった。なかでも一度、あまりに酷かったために赤ん坊を連れ帰ったことがあり、その経験をもとに短篇「Mother」をつくり、それがカンヌ映画祭で注目された。その短篇を時間をかけて長編化したのが本作になる。

 見るに見かねて赤ん坊を誘拐してしまう車上生活者のタルーラをエリオット・ペイジ、彼女の恋人ニコの母親で、タルーラのトラブルに巻き込まれていくマーゴをアリソン・ジャネイ、育児放棄して不倫に走る母親キャロラインをタミー・ブランチャードが演じている。エリオット・ペイジとアリソン・ジャネイは、ジェイソン・ライトマン監督の『JUNO/ジュノ』(07)以来の共演となる。

[Story] 車上生活者のルー(タルーラ)は、2年前に出会った恋人ニコと暮らしていたが、先の見えない生活に疲れたニコが、母に会いに行くと言い残して姿を消してしまう。金欠に陥ったルーは、ニコを捜して彼の母マーゴが暮らすニューヨークへ向かう。だが、ニコは長い間マーゴと連絡を取っておらず、ルーは追い返されてしまう。高級ホテルに忍び込んで宿泊客の食べ残しを漁っていたルーは、彼女を客室係と勘違いした女性キャロラインに子守を押し付けられる。ルーは育児放棄するキャロラインを見て、赤ん坊を衝動的に誘拐してしまう。行くあてのないルーは再びマーゴの家を訪ね、ニコと自分の子どもだと嘘をついて転がり込むが...。

[以下、本作の短いレビューになります]

 女性監督シアン・ヘダーのこの長編デビュー作を観ながら、筆者が思い出していたのは、ジョナサン・デミ監督の『サムシング・ワイルド』(86)のことだ。設定はまったく違うが、どちらもキャラクターやストーリー展開がオフビートな魅力を放っているだけでなく、その根底に登場人物に対するしっかりとした洞察がある。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   シアン・ヘダー
Sian Heder
撮影 パウラ・ウイドブロ
Paula Huidobro
編集 ダーリン・ナヴァロ
Darrin Navarro
音楽 マイケル・ブルック
Michael Brook
 
◆キャスト◆
 
ルー(タルーラ)   エリオット・ペイジ
Elliot Page
マーゴ・ムーニー アリソン・ジャネイ
Allison Janney
キャロライン・フォード タミー・ブランチャード
Tammy Blanchard
ニコ・ムーニー エヴァン・ジョニカイト
Evan Jonigkeit
マニュエル フェリックス・ソリス
Felix Solis
リチャーズ刑事 デヴィッド・ザヤス
David Zayas
スティーヴン・ムーニー ジョン・ベンジャミン・ヒッキー
John Benjamin Hickey
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(配給:Netflix)
 

 『サムシング・ワイルド』では、副社長への昇進が決まっているビジネスエリート、チャーリーが、ニューヨークのレストランで食い逃げをはかったことをきっかけに、その一部始終を見ていた奇抜なファッションのルルという女に振り回されていく。彼女は、クルマで会社まで送ると言いながら、モーテルに乗りつけ、いきなり彼にのしかかろうとする。ところが彼女には、刑務所を仮釈放になったばかりの凶暴な元夫がいて、チャーリーは大げさにいえば、これからどう生きていくのかの選択を迫られることになる。

 監督のデミはそんなドラマを通して、一見豊かに見える郊外の生活に埋没して、実は居場所を失っているにもかかわらず、自分を偽りながら生きていたチャーリーを、抜き差しならない状況に追い込み、覚醒へと導いていく。

 本作に登場するルー、マーゴ、キャロラインという3人の女性たちも、それぞれに居場所を失いながら、そのことから目を背けている。ルーは、自分のライフスタイルを変えるつもりはないと言い張るものの、望んで車上生活をしているわけではない。人との関わりを恐れているためにそうするしかないのだ。マーゴは、結婚のエキスパートとして本を書き、自立しているように見えるが、実は出ていった夫が置いたままにしている絵画や家具などに囲まれて暮らし、離婚を望む夫との関係をきっぱり割り切ることができない。キャロラインは出産してから夫に愛されなくなり、不倫に走ろうとしている。

 本作では、そんな3人が奇妙な成り行きで結びつき、赤ん坊をめぐるトラブルを通して変貌を遂げていく。キャロラインは、ルーのことを客室係と勘違いして子守りを頼むが、ルーの姿はどう見ても勘違いのしようがない。彼女は心のどこかで赤ん坊がいなくなればと思っていて、ルーを部屋に招き入れた。だが翌朝、ベッドで目覚めて、赤ん坊がいないことに気づき、別の意味でも目覚める。

 マーゴと赤ん坊とともに彼女のところに転がり込んだルーについては、絵をめぐるエピソードが痛快だ。マーゴが買い物から戻ってくると、壁にかけられた彼女の夫の物である絵をルーが勝手にはずし、上から色を塗って楽しむ準備をしている。マーゴは動転し、激怒してルーを追い出そうとするが、興奮のあまり誤って塗料を絵の上にこぼしてしまう。焦った彼女は必死で塗料を拭おうとするが、手遅れだとわかると、逆に自ら塗りたくりだす。その瞬間に彼女は呪縛を解かれ、変貌を遂げていく。

 では、ルーの場合はどうか。本作は、ルーが酒場で男たちと賭けをして、酒を横取りしてニコと車で逃げだす場面から始まる。彼女は、何事もいざとなったら逃げればいいと考えているが、ラストではそうしない。そして最後に、何かから解放されたかのように穏やかな笑みを浮かべる。


(upload:2022/01/29)
 
 
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