『大統領のカウントダウン』の物語には、現代ロシアをめぐる現実の出来事や実在の人物が、様々にアレンジされ、散りばめられている。物語の背景になっているのは、いまだに解決の糸口を見出すことができないチェチェン戦争だ。
寡黙で勇敢なヒーロー、スモーリン少佐は、エンディングでも言及されるように、実在の諜報員をモデルにしている。テロリストを資金援助する亡命ロシア人ポクロフスキーは、かつて財力とメディアの力で政治を動かし、ロンドンに亡命したオリガルヒ(新興財閥)のボリス・ベレゾフスキーを想起させるし、テロリストがサーカス小屋を占拠するエピソードは、2002年のモスクワ劇場占拠事件を想起させずにはおかないだろう。
この映画は、全体としてはあくまでフィクションであり、見所はダイナミックなアクションにあるが、興味深いのは、その背後に見える政治的な思惑だ。この映画には、ロシアと戦うチェチェン人が、イスラム過激派に利用される犠牲者として描かれる部分がある。だから、テロに巻き込まれたチェチェン人のウマルは、スモーリン少佐と力を合わせる。そんなドラマは、チェチェン人の立場も尊重しているかのように見える。
しかし、チェチェン戦争で深刻な問題になっているのは、少数民族の独立運動という本質が、イスラム過激派の聖戦にすり返られようとしていることだ。実際、イスラム過激派は、チェチェン側の主導権を握ろうとしているが、プーチン大統領やロシアのメディアはそれ以上に、この戦争がイスラムのテロとの戦いであることを強調しつづけてきた。そういう意味で、この映画の戦争のヴィジョンは、クレムリンのそれと合致するといえる。
しかも後半のドラマでは、テロとの戦いに絡めて、世界情勢におけるロシアの立場や意味が再確認される。この映画を製作したトップ・ラインのクリエイティブ・ディレクター、オルガ・アキモヴァは、「telegraph.co.uk」に掲載された記事のなかで、この映画の目標をふたつ上げている。それは、ロシア人のヒーローの原型を生み出すことと、ロシアをヨーロッパの一員に相応しい国として描くことだ。
この映画で、テロリストの最終的な標的は、ロシアではなく、ローマで開催されているサミットであり、ロシア人のヒーローは、アメリカ人の女性ジャーナリスト、キャサリンと協力して、テロを阻止しようとする。つまり、ロシアは、テロと戦うことによって、ヨーロッパを守っていることにもなるのだ。 |