アイル監督は、そんなふたりの公私にわたる日常を手持ちカメラの長回しでとらえ、臨場感を生み出す。ソニが住むアパートには、彼女のことを気にかける世話焼きの中年女性がいて、彼女が帰宅すると、決まって訪ねてきて、差し入れなどをする。アイルは、そんな隣人とソニの元夫の存在を、長回して巧みに対置させる。
ソニが帰宅すると、いつものように隣人が訪ねてくる。その隣人が、不用心だといって窓のカーテンを閉めようとすると、窓からソニの元夫がやって来るのが見える。隣人が彼女にそのことを伝えると、彼女は一緒にいてほしいと頼むが、隣人は去り、入れ違いに元夫が現われ、ソニと彼のやりとりが始まる。隣人に対するソニの態度は素っ気ないが、それでも彼女はリラックスしている。だが、元夫とふたりになると落ち着きをなくし、空気が張り詰める。さり気ない場面ではあるが、ソニの気持ちや空気の変化が見事に映し出されている。
冒頭でカルパナから注意を受けたソニだったが、それから間もなく、検問中に再びトラブルを起こす。泥酔して車を運転し、車から降りようとしないばかりか、権力を笠に着て女性であるソニに馴れ馴れしい態度をとる海軍の将官に対して再び彼女がキレ、「傲慢なブタめ」と罵って飛びかかってしまう。このトラブルによってカルパナも責任を問われ、ソニは緊急通報センターに異動させられる。
だがそれでもカルパナは、ソニを現場に復帰させようと夫を説得する。それは単純に部下を守りたいからだけではない。そこには伏線がある。少し前に、ある夫婦と彼らの地主が警察著に押しかけ、騒ぎ出す出来事があった。夫婦の妻は、家賃の値上げをめぐって、夫が外出中に訪ねてきた地主に体を要求され、襲われそうになったと主張し、服の裂けた部分を見せる。その対応にあたったソニは、三者の言い分を聞き、夫婦の主張に疑問を抱き、和解するように指示する。
別室で騒ぎを耳にしていたカルパナは、ソニに事情を問いただし、妻の芝居と判断したソニを叱責し、妻に正式な訴えを提出させるよう指示する。その結果、地主は拘束される。だがソニが異動になった後で、ソニの判断が正しかったことが明らかになり、カルパナが地主を釈放するよう指示することになる。
厳密にいえば、このエピソードには、さらに細かな伏線もある。カルパナは女性に対する警察の対応に常に細心の注意を払うように心がけている。だから、服が裂けて、地主に襲われたと主張する貧しく弱い立場にある妻の主張を受け入れてしまう。だが、世の中には注目される女性問題を、意識的に、あるいは無意識に利用しようとする人間もいる。ソニは決してキレやすい性格なのではなく、状況を冷静に見ていて、キレるときにはそれなりの理由がある。
本作の素晴らしいところは、上司であるカルパナがソニを守り、指導しようとする物語に見えながら、カルパナもソニから影響を受けているところだ。本作の後半で、現場に復帰したソニは、またもトラブルを起こすことになるが、同じことが繰り返されているのではなく、カルパナは明らかに変化している。
本作を予備知識なく観た人は、監督が女性だと思うはずだ。アイル監督は、それほど細やかに、確かな洞察で女性同士のホモソーシャルな連帯関係を描き出している。 |