ジミー、野を駆ける伝説
Jimmy’s Hall  Jimmy's Hall
(2014) on IMDb


2014年/イギリス=アイルランド=フランス/カラー/109分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
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(初出:「映画.com」2015年1月13日更新、若干の加筆)

 

 

アイルランドの名もなき英雄が残したもの
いま必要とされる左翼の理念を確認する

 

[ストーリー] 1932年、長らくアメリカ暮らしをしていたジミー・グラルトンが、久しぶりにアイルランドの片田舎の故郷に帰って来た。ジミーは年老いた母親との平穏な生活を望んでいたが、希望を失った若者たちの訴えに衝き動かされ、閉鎖された<ホール(集会所)>の再開を決意する。かつてジミー自身が建設したそのホールは、地元の人々が芸術やスポーツを学びながら人生を語らい、歌とダンスに熱中した場所だった。そんなジミーの行動は貧困にあえぐ地域に活気をもたらすが、図らずもそれを快く思わない勢力との諍いを招いてしまうのだった――。[プレスより]

 カンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いたケン・ローチ『麦の穂をゆらす風』(06)では、独立戦争から内戦に至る1920年代初頭のアイルランドを舞台に、引き裂かれる兄弟の悲劇が描かれた。同じく激動のアイルランド近代史を背景とした新作『ジミー、野を駆ける伝説』は、その姉妹編といえる。

 主人公は実在の人物、裁判も開かれることなく国外追放の身となった左翼の活動家ジミー・グラルトンだ。物語は、土地の借用権をめぐる闘争が原因でアメリカ暮らしを余儀なくされてきたジミーが、1932年に10年ぶりに帰郷を果たすところから始まる。彼は、希望のない若者たちの切なる声に心を動かされ、閉鎖された“ホール”の再会を決意する。そこは地元の人々の交流の場となっていた。だが、そんな行動がやがて保守的な教会や公安、地主との対立を招くことになる。

 ジミーは歴史に名を残す偉人ではないし、彼に関する記録も乏しい。なのになぜローチは彼に惹かれたのか。それは映画に描かれるホールの世界がよく物語っている。彼はイデオロギーだけの堅物ではなく、芸術や娯楽をこよなく愛した。だからホールでは、音楽やダンスと教育や政治が一体になっている。そんな空間は、庶民の喜怒哀楽と政治が分かちがたく結びついたローチの社会派リアリズムが際立つ理想的な舞台となる。


◆スタッフ◆
 
監督   ケン・ローチ
Ken Loach
脚本 ポール・ラヴァティ
Paul Laverty
撮影監督 ロビー・ライアン
Robbie Ryan
編集 ジョナサン・モリス
Jonathan Morris
音楽 ジョージ・フェントン
George Fenton
 
◆キャスト◆
 
ジミー・グラルトン   バリー・ウォード
Barry Ward
モシー フランシス・マギー
Francis Magee
アリス(ジミーの母親) アイリーン・ヘンリー
Aileen Henry
ウーナ シモーヌ・カービー
Simone Kirby
シェリダン神父 ジム・ノートン
Jim Norton
マリー・オキーフ アシュリン・フランシオーシ
Aisling Franciosi
シーマス神父 アンドリュー・スコット
Andrew Scott
-
(配給:ロングライド)
 

 さらに、現代との繋がりも見逃せない。イギリスではローチの呼びかけによって、2013年11月に新しい左翼政党“Left Unity”が誕生した。その呼びかけに合わせて、ローチが監督したドキュメンタリー『The Spirit of '45』(13)も公開された。これは、第二次大戦後の45年に誕生した労働党政権による福祉国家建設とサッチャリズムによる変貌を回顧する作品だった。そうしたローチの活動と、この映画に描かれるホールの世界は深く結びついている。

 また、このドラマには、1929年のニューヨーク株式市場の大暴落に端を発する世界大恐慌が暗い影を落としている。そんな状況のなかでジミーは、地主によって不当に自宅から追い出され、妻子と路頭に迷う労働者のために立ち上がる。彼の演説にある「我々は人生を見つめ直す必要がある。欲を捨て、誠実に働こう」という言葉は、リーマン・ショック以後の世界に対するメッセージにもなっている。


(upload:2015/03/03)
 
 
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