スパイク・リー監督の『セントアンナの奇跡』は、第二次大戦を題材にした2時間43分の大作である。物語は、1983年のニューヨークから始まる。定年退職を3ヵ月後に控えたある郵便局員が、切手を買いにきた男の顔を見るなり突然、射殺する。この局員のアパートからは、第二次大戦中にイタリアから消えた貴重な彫像の頭部が発見される。
そこから物語は、1944年のイタリアへと遡る。郵便局員はかつて、アメリカの第92歩兵師団、黒人だけの部隊である“バッファロー・ソルジャー”に所属していた。
ジェームズ・マクブライドの同名小説を映画化したこの作品では当然、事件の謎解きがひとつの見所になる。さらに、壮絶な戦闘シーンも見応えがある。しかし、スパイクの関心は別のところにある。
昨年、スパイクが、『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』に黒人兵が出てこないといってイーストウッドに噛みついたときには、この新作のことがいささか心配になった。スパイクが黒人のスポークスマンであることを意識して映画を撮ったときには、登場人物たちの関係が人種をめぐって図式的になり、世界が平板になってしまうことが少なくないからだ。
スパイクが才能を発揮する作品には共通点がある。まず、黒人のスポークスマンという立場を完全に離れ、距離を置いた冷静な眼差しで世界を見渡している。そして、ロバート・アルトマンのように限定された空間を巧みに生み出し、鋭い洞察によってそれを社会の縮図に変えていく。
『セントアンナの奇跡』はその要件を満たしている。このスケールで作品をまとめあげているのだから、要件を満たすだけでなく、巨匠の風格が漂うようになったというべきかもしれない。この映画で注目しなければならないのは、集団対集団のドラマが個人対個人のドラマへと移行していく構成だ。
映画の冒頭で、老いた郵便局員はジョン・ウェインの戦争映画をテレビで観ながら、「俺たちも戦ったぞ」と囁く。バッファロー・ソルジャーは、ナチスが待ち受ける最前線に送り込まれた。銃弾をかいくぐりながら川を渡る彼らは、無線で援護を要請するが、白人の指揮官は、黒人兵のことを評価も信頼もしていない。彼らは無能な指揮官のせいで、味方の砲弾を浴びることになる。一方ナチスは、セクシーな女の声で、ドイツ軍は黒人を差別しないというプロパガンダを繰り返す。それは、黒人、白人、ナチスという集団対集団のドラマだ。
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