ミルク
Milk


2008年/アメリカ/カラー/128分/アメリカン・ヴィスタ/ドルビーSR
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(初出:web-magazine「e-days」Into the Wild2009年3月17日更新、若干の加筆)

 

魔法の国から我が家に帰る道

 

 『小説家を見つけたら』で詳しく書いたように、ガス・ヴァン・サントはしばしば自分の作品のなかで、『オズの魔法使』を引用し、その物語を変奏することによって、独自の世界を切り開いてきた。アメリカで同性愛者であることを公表して初めて公職に就いたハーヴィー・ミルクの人生を描くこの『ミルク』も例外ではない。というよりも、『オズの魔法使』の変奏がこれまで以上に生かされいる。

 筆者がまず注目したいのは、映画の導入部だ。1970年のニューヨーク、スーツを着たビジネスマンのミルクが、地下鉄の階段で20歳も年下のスコット・スミスに声をかける。スミスは、40歳以上はお断りだと答える。するとミルクは、自分はラッキーだと言う。その日の夜の12時を回るまでは39歳だからだ。そしてふたりは恋に落ちる。自分の殻に閉じこもっていたミルクは、“新しい世界”を探せというスミスの言葉に動かされて、ニューヨークを旅立つ。その新しい世界とは、後にゲイのメッカとなるサンフランシスコのカストロ・ストリートであることがやがて明らかになる。

 この映画は実話に基づいているが、この導入部は必ずしも事実ではない。ミルクがスミスと地下鉄の駅で知り合うのは、実際には彼が41歳の誕生日を迎えて間もなくのことだ。しかも、その当時ミルクは殻に閉じこもっていたわけでもない。彼は60年代末から、オフブロードウェイの舞台に関わり、カウンターカルチャーを牽引する人々と付き合うようになっていたし、短期間ではあるがすでにサンフランシスコにも住んでいた。

 社会から疎外され、自分の殻にこもって生きてきたミルクが、カストロ・ストリートという新しい世界に踏み出す。それは、ヴァン・サント的な世界と入口となる。ミルクは、ゲイのコミュニティという魔法の国の住人となり、親しみを込めて“カストロ・ストリートの市長”と呼ばれるようになる。

 もちろん、それだけであれば、新しい世界との境界をいくらか強調する効果しか生み出さない。しかし、ヴァン・サントが関心を持っているのは、その先の展開だ。魔法の国で過ごす時間は楽しいが、いつか我が家に戻らなければならないときがくる。ヴァン・サントにとって重要なのは、その帰り道だ。


◆スタッフ◆
 
監督   ガス・ヴァン・サント
Gus Van Sant
脚本 ダスティン・ランス・ブラック
Dustin Lance Black
撮影監督 ハリス・サヴィデス
Harris Savides
編集 エリオット・グレアム
Elliot Graham
音楽 ダニー・エルフマン
Danny Elfman
 
◆キャスト◆
 
ハーヴィー・ミルク   ショーン・ペン
Sean Penn
クリーブ・ジョーンズ エミール・ハーシュ
Emile Hirsch
ダン・ホワイト ジョシュ・ブローリン
Josh Brolin
ジャック・リラ ディエゴ・ルナ
Diego Luna
スコット・スミス ジェームズ・フランコ
James Franco
アン・クローネンバーグ アリソン・ピル
Alison Pill
モスコーニ市長 ヴィクター・カーバー
Victor Garber
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(配給:ピックス)
 

 『ドラッグストア・カウボーイ』のボブは、帽子のジンクスと仲間の死をきっかけに、ドラッグを断ち切り、堅気の道を歩もうとする。『マイ・プライベート・アイダホ』のマイクや『カウガール・ブルース』のヒロインは、根無し草や放浪の状態から、帰ることができる場所に戻ろうとする。その一方で、『誘う女』のヒロインは、テレビの世界に完全に囚われ、現実を憎み、排除しようとする。『エレファント』の少年たちは、周囲からその存在を完全に否定されることで、戻る道を失い、凶行に走る。

 『ミルク』では、その両方の運命が描き出される。ヴァン・サントはこの映画で、ミルクだけではなく、ダン・ホワイトの世界にも関心を持ち、ふたりを巧妙に対置している。

 同じ選挙で当選を果たしたふたりは、それぞれに支持基盤を持っている。ゲイのコミュニティとカトリック教徒のコミュニティだ。ミルクは、ゲイの支持基盤だけでは社会を変えていくことはできないと考え、公共・福祉政策の立案などで住民たちの支持を集めていく。彼は一方的にゲイの権利を主張するのではなく、現実を受け入れていく。これに対して、ホワイトは、ミルクのように自分の世界から踏み出すことができず、孤立を深め、凶行に走ることになる。

 『ミルク』の題材は70年代の物語だが、映画は時代を超えた魅力を放っている。それは、ヴァン・サントが、単に事実に基づいてハーヴィー・ミルクの人生を描くのではなく、『オズの魔法使』の変奏を通して自分の物語を語っているからだといえる。


(upload:2010/02/02)
 
《関連リンク》
『小説家を見つけたら』 レビュー ■
『エレファント』 レビュー ■

 
 
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